2023年11月

2023年 秋の樹液酒場



コナラの樹液に集うフクラスズメたち  2023.11.5. 榛名山西麓


 昨年の秋、コナラの大木に突如として開店した樹液酒場。樹液を出させた犯人はおそらくスズメバチたちだった。晩秋からなんと12月の中旬までにぎわっていた盛り場は、厳冬期に一度閉店し、また3月、4月と、春の酒宴の場所を提供していた。(季節外れの樹液酒場) 
 ところが、このまま夏を迎えて、クワガタやらカブトムシが大挙してやってくるのかと大いに期待していたのだが、肝心の夏になる前に謎の閉店となってしまった。
 厳冬期に一時的に樹液が出なくなったのは、コナラの道管や篩管を流れる液体がなくなったためで、春になって再び樹液が溢れ出してきたのは、傷ついた樹皮の修復が終わらなかったからだろうか。そして、突如としての閉店は、樹皮の修復が完了したから…? そういえば、春先には樹皮を齧って樹液を出させた犯人と思われるスズメバチたちの姿は見かけなかった。春先、冬眠明けのスズメバチの女王バチたちは新しいマイホームを作るので忙しかったのかもしれない。コナラの樹液酒場はこれで店じまいと思われた。
 
 ところが…。
 昨年、樹液酒場が開店したのと同じ季節。気がつけば、やはりスズメバチたちがやってきていた。キイロスズメバチとコガタスズメバチ。そして11月になると、コナラはすっかり前年と同じような樹液酒場と化し、周囲に発酵した甘酸っぱい匂いを漂わせながら、昆虫たちを誘惑していた。
 昨年、コナラを開拓したスズメバチたちが再びやってきているはずはない。冬を越すのは新しい女王だけだ。ここに樹液酒場をリニューアルオープンさせたのは、今年生まれた個体で、ここに昨年樹液酒場があった記憶はないはずだ。林の中には他にもたくさんのコナラがあるというのに、どうしてこのコナラが選ばれるのだろうか。

 さて、夜の樹液酒場の様子はどんなものだろうか。今年見た春の夜の酒場は、地味なキリガ達が集っていたけれど…。
 興味津々で、懐中電灯を片手に夜の闇に出てみた。もちろん、スズメバチの警戒も忘れてはいない。ライトをつけて近づいていくと、何者かが羽音をたてて、こちらへ向かって飛んできた。一瞬のことで正体はわからない。スズメバチではなかったようだが、かなり大きい様子だ。ちょっとヒヤッとする。さらに、もう一つ。顔のすぐ横を飛び去って行った。ライトの光に驚いで、あるいはライトの光に向かって?飛んできたようだ。
 さらに近づいていくと、今度は幹の表面から飛び上がった蛾が一瞬見えた。
 カトカラ!? 
 カトカラ≠ニはヤガの仲間の中のシタバガ亜科の一群の通称で、属名のCatocala に由来している。この仲間にはキシタバやベニシタバなど、日本では30種がいるとされているが、いずれも上翅は地味だが上翅の下に隠された下翅は鮮やかな黄色やオレンジだったりするものが多く、蛾の愛好家の中では一目置かれるグループである。一瞬見えたのはその下翅の模様らしいものだったのだ。
 まだいるかも…。スズメバチを気にしながら、コナラの大木にさらに接近。しかし、もうそこには何もいなかった。ライトに驚いて、散り散りに逃げていったのかもしれない。恐れていたスズメバチさえいなかった。スズメバチたちは夜はどこかでお休みのようだ。

 カトカラだろうか…? カトカラだとしたら種類は…? 一瞬の目撃と、その羽音からしてそれなりの大きさの蛾には違いない。
 11月にしては異常に気温の上がった休日の夜、再びコナラの樹液酒場を見てみた。今度はもっと慎重に、少し弱めのライトで。
 近づくとさっそく1頭がライトに向かってきた。やはり蛾だ。そして前回と同じように数頭が光に驚いたように飛び立ってきた。少し離れたところから幹を照らしてみると、いた! これはフクラスズメだ。頭を下にして、樹液を吸っている。フクラスズメならばカトカラと間違いそうだ。地味な上翅の下にある下翅には、明るい灰色と黒のカトカラと見間違えるような模様を隠している。暗闇の中で一瞬その姿を見ただけならばカトカラに見えても全く不思議ではない。
 近くにはもう1頭。ストローのような口吻を伸ばして夢中で樹液を吸っている。この個体は光には全く動じていないようだ。
 さらに、裏側に回って、少し離れたところから幹を照らしてみると、ライトの光を受けていくつもの小さな赤い光が見えた。蛾の眼だ。夜の動物たちが光を受けると、眼が光って見えるのと同じようなものだが、暗闇の幹に点々と小さな赤い光があるのは少し異様な光景にも見えた。数えてみると10頭以上はいる。一度驚いて飛び上がったのもまた樹液の匂いに誘われていつしか戻っていたのかもしれない。みんなフクラスズメだった。
 フクラスズメは翅を拡げると80〜90mmにもなる。ヤママユガの仲間に比べれば負けるが、それでもたくさんいる蛾の中では大きい方である。夏のころ、樹液に集まるカブトムシやクワガタに混じって見かけることはあるけれど、一度にこんなにたくさんのフクラスズメを見たことはない。
 そういえば、この周辺にクサコアカソが茂っていた頃、この幼虫を何度か見かけたことがあった。幼虫は大きな毛虫で体長は7〜8cmにもなる。これがクサコアカソの葉をすごい勢いで食べていたのだ。大きな体で猛烈な食欲のために、しばらくすると幼虫に眼をつけられた植物は丸坊主になっていた。あの幼虫たちが姿を変えてここに集結しているのだろう。まるでフクラスズメのために開かれたような夜の樹液酒場だ。
 フクラスズメは成虫の姿で越冬するから、ここに集っているものは運が良ければ来年の春まで生きられるはず。11月になってもまだ暖かい日が続く日本列島。フクラスズメたちがしばしの眠りにつくのはいつのことになるのか。昨年は12月になっても酒場は開店していたから、まだしばらくの間、フクラスズメたちの酒場通いは続くのかもしれない。
 

樹液を吸うフクラスズメ Arcte coerula
2023.11.5.  榛名山西麓







TOPへ戻る

扉へ戻る