2023年4月 季節外れの樹液酒場 |
オオスズメバチ 2022.10.20. |
キイロスズメバチ 2022.11.4 |
クロスズメバチあるいはシダクロスズメバチ 2022.12.10. |
昨年の秋も深まってきたころ、急に樹液を出し始めた大きなコナラの樹がある。クルマの駐車位置のすぐ近くにあるその樹は根元まわりで直径は50cmを超えるような大木である。 雑木林の主役の一つであるコナラは、里山が利用されていたころは、こんなに大きくなる前に伐採され、キノコのホダ木や薪として利用されていたのだろうが、その機会を失ったこの樹は伐られることなく、何年もここに生き続けてきた。そして、電線のかかるような位置にあるため、その大きな樹を伐るのは、シロウトにはもはや不可能な存在となっていた。 そのコナラが突如として、その根元近くからたくさんの樹液を溢れ出させたのだった。樹液は最初は水のような透明なものだったのだが、しばらくするとすぐに不透明な白い塊に変わり、カブトムシやクワガタを採りに行くとよく匂っていた甘酸っぱいようなあの懐かしい匂いを漂わせ始めた。樹液をコウボ菌などが発酵させているのだろう。 それにしても、コナラやクヌギが樹液を出しているのは、カブトムシたちが集まっている夏のシーズンばかりだと思っていたが、大いなる勘違いだったようで、間もなく冬になるというころにも、こんなようにたくさんの樹液が出ることもあるのだ。 だが、季節外れ?の酒場が開いたが、樹液酒場の常連ともいえるカブトムシやクワガタといった甲虫たちの成虫世代は活動期を終え、そこに集まってきたのはたくさんの種類のハエとスズメバチたちだった。 あるいは、樹液が出たからスズメバチたちが集まってきたのではなく、もしかしたらスズメバチが積極的に樹液を出させたのかもしれない。スズメバチがコナラを齧って樹液を出そうとする行動をすることがあるということを後で知った。そういえば、最初に見たときには樹液も出ていそうもないのに、幹の一ヶ所に固執したようにオオスズメバチがいて、この時期にいったい何事、と思ったのだが、それはまさにその現場だった可能性がある。 樹液が出はじめてから確認できたスズメバチは、オオスズメバチ、コガタスズメバチ、キイロスズメバチ、クロスズメバチ(もしかしたらシダクロスズメバチかも)といった面々で、このあたりで見かけるスズメバチではヒメスズメバチを除いてすべてが顔をそろえたという感じだった。これらのスズメバチたちが入れ替わり立ち代わりでやってくるので、すぐにこの周辺にはうかつには近づけないような状態と化してしまった。彼らにとって冬間近のこの樹液は貴重な活動のエネルギー源に違いない。 10月の終わりころ開いた樹液酒場は11月になっても、12月になっても樹液を提供し続け、スズメバチたちもせっせと通い続けていた。最後に確認したお客さんは12月10日のクロスズメバチ(シダクロスズメバチ?)。もうとっくに氷が張るような日が続くようになっていた頃まで動き回るスズメバチがいるなどとこれまで思いもしなかった。 ここに集っていたスズメバチは、越冬を前にした女王バチたちだったのだろうか。 厳冬期。内陸部の冷え込みは厳しい。ときにはマイナス10℃を下回ることもある。こうなるとさすがにコナラから樹液が流れ出ることはなくなった。 被子植物の幹や枝の中には植物が根から吸い上げた水分や無機物が通る道管と、光合成で作られたブドウ糖などが通る篩管とよばれる通路がある。樹木の表面から樹液があふれ出すのは、本来は植物体の内部にあるはずのこんな通路が傷つけられて、そこを通る液体が外へ流れ出てくるのが原因である。冬のコナラの樹冠には光合成をするための葉はなく、道管を使ってそこへ水を送ることもなくなり、光合成によって作られるものもないから、樹冠から篩管を使って根へ送られるものもない。樹液そのものの流れが停滞するのだろう。 さらに、気温が氷点下をはるかに下がったような条件下になったときに、幹の中に水分があると、それが凍りついて膨張し、幹が割れる「凍裂」という事態が発生することがある。寒い冬、樹木にとって幹の中に水があるということは、自らを傷つけることになる事故を引き起こしかねないのである。 そして、いつの間にか厳しい冬は終わっていた。 気がつけば、またいつの間にかコナラの根元には樹液が甘酸っぱい匂いを漂わせている。 そこに集ってきたのはスズメバチたちに代わって、タテハチョウたちだった。キタテハ、ルリタテハ、ヒオドシチョウといった越冬明けのタテハチョウたちがエネルギー源を求めてやってきた。夏場の樹液酒場に集うチョウはキマダラヒカゲやクロヒカゲなどの地味なヒカゲチョウの仲間が多いが、この早春の店開きしたばかりの樹液酒場のお客は、越冬明けでちょっと衣装に擦れた部分があったりはするけれど、オレンジや藍色といったきらびやかな装いのチョウたちだった。 そして、夜になるとこの樹液酒場の客層はガラリと入れ替わる。早春の夜の主役はキリガという仲間の蛾たち。こちらは昼間のきらびやかな蝶に対して、とても地味な姿だ。カシワオビキリガ、ホシオビキリガなどが常連のようだが、懐中電灯を持って近づいていっても、すぐには見つからない。タテハチョウほどの大きさもなく、地味な翅の模様はコナラの樹皮の上では存在感を消すような効果を発揮している。だが、じっくり見ていくと、一頭、また一頭…と、いくつもの地味なキリガ達を数えられるようになってくる。ある夜は8頭ほどのキリガが幹を取り巻くようにしていたこともある。以前、昆虫ゼリーを幹に塗って、早春の蛾を集めたことがあったが、それよりもこの樹液酒場の集客効果ははるかに高い。さらに、幹にぐっと眼を近づけてみれば、ハエやアリや小さな甲虫やら、たくさんの昆虫たちが集まっている。 晩秋も初春も、昼も夜も、コナラの樹液酒場は大繁盛である。 |
ヒオドシチョウ 2023.3.31. |
ルリタテハ 2023.3.31. |
カシワオビキリガ? 2023.4.1. |
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