2025年7月
チャイロスズメバチ


大きな巣箱の中に作られたスズメバチの巣
巣箱の入口を工事してスズメバチ専用の出入り口になっていた




  エドヒガンの幹にフクロウかムササビが入ってくれないかなと期待して大きな巣箱を掛けてからもう数年が経った。
 しかし期待に反して、フクロウもムササビもその気配はこれまでなかった。フクロウは近くで鳴くことはよくあるのだが、どうもお気に召さなかったらしい。
 今シーズンは入口の大きさが中途半端だったのかと思って、ムササビにターゲットを絞って、穴を小さくしてみたが、入ってくれたのはシジュウカラだった。大きな巣箱に何度も何度も巣材のコケを咥えては出入りしているシジュウカラにとって、この大きな巣箱は豪邸だったことだろう。その分、巣材運びには余計な労力が必要だったかもしれないが…。
 巣立ちは見ていないのだが、初夏のころから巣箱の近くではシジュウカラの幼鳥たちが飛び回る様子をよく見かけるので、おそらくここまで無事に過ごしてきたことだろう。
 さらにその後も巣箱の穴をのぞき込んだり、中に入ったりしているシジュウカラやヤマガラの姿を見ることもあった。早くも2度目の子育てか。あるいは失敗したペアがやり直しの巣を探していたのだろうか。フクロウにもムササビにも使われることはなかったが、小鳥たちには大きな巣箱はそれなりに存在価値を持っているらしい。
 ところが、7月になって巣箱の異変に気づいた。
 最初は入口の穴の上の方に白いものが付いているように見えて、何かが飛んできて引っかかったのかと思っていたのだが、数日のうちにそれが少し大きくなっていたのだ。
 なんだろう?
 双眼鏡で覗いてみると、そこからハチが飛び出してくるのが見えた。大きさからして、どうもスズメバチの仲間だ。巣穴の白いものはスズメバチが作った巣の一部だったのだ。
 スズメバチに乗っ取られてしまった!
 見ているとすぐに次のハチが出てきた。今度はその姿をはっきりと確認することができた。腹部が黒く、全体的にも黒っぽい。オオスズメバチ、コガタスズメバチ、キイロスズメバチ、ヒメスズメバチらのような黒と黄色の縞模様のスズメバチらしい姿ではない。それはチャイロスズメバチだった。
 チャイロスズメバチは数年前までは見かけることのなかったスズメバチだ。榛名山で最初に見たのは2023年の夏。沼ノ原の樹液の出ているミズナラの幹に数頭のチャイロスズメバチが集まっていたのを目撃し、それまで見たことのないハチでちょっと興奮した記憶がある。しかし、それ以降は毎年、沼ノ原でも榛名山麓でもこのスズメバチを見る機会があって、個人的にはその希少性はどんどんと下がっている。
 チャイロスズメバチは北方系のスズメバチである。いろいろな資料をみると、日本での分布は北海道、本州(東日本)で、四国・九州には生息しないとされている。地域によってはレッドデータリストにリストアップされているところもあって、群馬県のレッドリスト(2022年版)では「情報不足」となっている。もともとたくさんいる種ではなかったようだ。
 だが、最近では都市部に増えているとか、西日本でも確認されているとか、生息範囲を拡大させているらしいことがうかがえる記事を目にすることが多い。榛名山周辺でも増えているのかもしれない。
 温暖化に伴って、南方系の生物が北上する傾向があるということはよく聞くが、北方系の生物が南へ勢力を拡大させているというのは、ちょっと興味深いところではある。
 チャイロスズメバチは他のスズメバチの巣を乗っ取るという生き方をするということも知られている。キイロスズメバチやモンスズメバチといったスズメバチの巣がターゲットになりやすいという。
 既存の巣の女王を殺し、そこにいる働きバチをチャイロスズメバチの働きバチとして働かせるという、侵略者が侵略した土地の民衆を奴隷として働かせるようなやり方だ。
 しかし、卵から孵った鳥のヒナが最初に見たものを親と認識するように、スズメバチも最初に世話をされたものを仲間と認識するというから、異種の働きバチは奴隷としてイヤイヤ働かされているわけではなく、チャイロスズメバチを自らの仲間と思って、働いていることになるのだとか。
 他のスズメバチの巣の乗っ取りに成功したチャイロスズメバチの女王は、その既存の巣に自らの卵を産み、次第に働きバチの顔ぶれはチャイロスズメバチの数が増え、数カ月の時間をかけてチャイロスズメバチだけの巣に変わっていくという。だが、乗っ取る巣が見つからなかったりした場合、自ら巣を作ることもあるというから、巣が作れないというわけでもないらしい。ただ横着なだけなのか。
 さて、シジュウカラの巣があった巣箱を占拠したチャイロスズメバチは、何者の巣を乗っ取ったのだろうか?
 巣箱の穴が見える場所に望遠レンズを据えて、出てくるハチをしばらくの間見てみることにした。巣箱の穴は数日のうちにすっかりスズメバチの巣の入口として工事されていた。
 小さな巣の入口を門番のように固めているのチャイロスズメバチたち。数頭が穴の奥から表を見張っているように見える。ときどき、チャイロスズメバチが穴から飛び立っていく。
 すると、どこからかキイロスズメバチが飛んできて、巣穴の入口にとまった。そして、わずかな間、巣穴の近くにいたチャイロスズメバチと頭を突き合わせるようにして、またどこかへ飛んで行った。お互いに争う様子ではない。
 乗っ取られたのはキイロスズメバチだったか!? だが、まだ決定的な証拠ではない。たまたまキイロスズメバチが飛んできて、飛び去っただけかもしれない…。
 しかし、その数分後、巣箱の中からキイロスズメバチが出てきた。さらに数分後、今度はキイロスズメバチが巣の中へ入っていった。もう決定的だ。
 以前、同じようなフクロウの巣箱にキイロスズメバチが巣を作ったことがあったから、もしかして、キイロスズメバチの巣を乗っ取ったかも… と予測していたのだが、まさにその通りだった。
 他者に巣を作らせ、他者の働きバチを使って生きるというチャイロスズメバチの生き方はずる賢く、したたかなように見える。温暖化に逆らうかのように北方系のチャイロスズメバチが勢力を拡大しているのは、こんな生き方がこの時代の環境に適合してきたということなのだろうか。
 そのうち、レッドリストからチャイロスズメバチの名前が消える日がやってくるかもしれない。



巣の入り口にチャイロスズメバチに混じってキイロスズメバチの姿が…

 





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