2025年3月 榛名湖からの星景 沈むオリオン |
![]() 西の稜線へ沈んでいくオリオン |
昨年11月の初め、榛名湖をはさんで榛名富士から昇るオリオンの姿を撮影した。 星空の画像を次々と撮影し、その画像をパラパラ漫画のように早送りで再生して、動画として見せるという方法… タイムラプスである。 最近では自動的にタイムラプスの動画を作ってくれるようなカメラもあるが、撮影に使ったのは普通のデジタルの一眼レフカメラだった。 焦点距離14mmの広角レンズを使って、感度ISO3200に設定したカメラで20秒間の露出を延々と繰り返して撮影してゆく。 風はほとんどなく、榛名湖の湖面は鏡のように空の星を反射させていた。 タイムラプスの撮影では、一度撮影を始めたらカメラに触ることはできない。同じ設定で、同じ間隔でずっと撮影を続けていかなければスムーズな動画にはならないから、カメラの向きを変えることはもちろん、露出時間や絞りの変更などもできないし、途中でうまく撮影できているのかの確認もできない。ライトを照らしてレンズの状態のチェックもできないから、終わってからレンズの表面に夜露がついていて、ガッカリということも無いとも限らない。 こんなレンズにつく夜露に対しては、レンズにヒーターを巻くことで結露を防ぐことができる。昔は実際に火をつけて使う「桐灰カイロ」を使用することがよくあったが、最近では、モバイルバッテリーから電流を供給して使うヒーターが便利だ。 そして、もうひとつの問題はバッテリー。カメラのバッテリーの容量はそう多くはなく、連続して使い続けると、すぐに無くなってしまう。そして、バッテリーは温度の影響を受けやすく、気温が低くなるとその消耗のスピードはどんどん増してゆき、夏場は2時間使えたものが冬には1時間も使えなくなってしまうようなこともある。この対策としては、カメラにダミー電池を入れ、そこへ外から電流を供給するという方法にたどり着いた。だが、これで夏場は一晩大丈夫だったのだが、冬になって気温が下がってくると、バッテリーの消耗に外部電源として使うモバイルバッテリーの供給速度が追いつかず、とても一晩は持たなくなっていた。 そして、やはり11月の榛名湖の寒さでは4時間程度が限界だったようだ。20時ころから開始した撮影は0時過ぎにはバッテリーが終わってしまっていた。それでも、榛名富士の背後からオリオンがいい位置に昇りつめて、さらに湖面には上空の明るい星が映り込み、冬の星々をいっそう賑わいのある星景にしてくれていた。 昇るオリオンを撮影したのならば、沈むオリオンも…。 思考回路は単純である。 オリオンが西のスカイラインへ沈んでいくのは春。昇るオリオンが冬の訪れを象徴するのならば、沈むオリオンは冬の終わりの象徴のようなもの。 沈むオリオンが見られるのは昇るオリオンを撮影した場所の湖をはさんで反対側になる。榛名富士の下あたりから榛名湖を見るような場所が撮影ポイントだ。 3月になって、春の重い雪が何度も降った。山麓ではすぐに溶けてしまうような雪だが、昼間のうちに溶けきれないと、夜のうちにすっかり凍り付き、硬い始末の悪い氷の塊へと姿を変えてしまうことがよくある。3月とはいえ、標高1000mを越える榛名湖周辺はまだまだ冬の様相が残されていた。 月のない良く晴れた夜、そんな榛名湖を訪れた。何度目かの重い雪が降ったばかりで、榛名湖へ続く県道の両脇には除雪された雪が積み上がり、路面はところどころがバリバリに凍り付いている。とても春の様相とは言い難い。 撮影場所と見当をつけていた榛名湖の北岸の道路を行ってみた。ところが、除雪が十分にされていない道路にはたくさんの雪が残り、路面はアイスバーンとなっている。そして、なにより最大の問題は雪によって駐車スペースがなくなっているということだった。本来なら湖を一周できる道路は途中で通行止めとなって、止める場所が見つからないままUターンするしかなかった。 しかたなく、アイスバーンの道を慎重に戻り、ビジターセンター前の広い駐車スペースへ。さすがに、昼間の観光客が一番訪れるであろうこのあたりの駐車場は十分とは言えないけれど、除雪された駐車スペースが確保されていた。 ただ、実は、夜間のこの駐車場はあまり好きではない。どこからかやってくる走り屋さん達が、ここでけたたましい音をカルデラ内に響かせながらドリフトして遊んでいくようなポイントなのだ。だが、広い範囲が除雪してあるわけではなく、アスファルトは広い範囲で氷に覆われているので、とてもそんな人たちの楽しめるような状況ではなかった。こういうのも不幸中の幸いと言うのか…? エンジンを止め、クルマから外へ出てみる。湖畔へ近づくことはできるだろうか。防寒のスキーウェアは着てきたのだが、うかつなことに、長靴を持ってきていない。雪は膝下くらいまでありそうだ。雪質はザラメ雪。昼間に一度溶けて、夜になって凍り直したような雪である。 しかし、幸いなことに、湖岸までの踏み跡が見つかった。昼間の観光客が作ってくれたのだろう。ビジターセンターの脇から幅30cmほどの細い雪道が湖岸のベンチに向かって伸びていた。 空には傾いたオリオンの姿があった。ふたご座には赤い火星が入り込んでいる。もっと下には木星のいるおうし座。たくさんの1等星が散りばめられたにぎやかな冬の星たちが榛名湖の湖面の向こう側の空に輝いていた。 さっそく湖畔にカメラをセットする。気温−4℃。体感的にはそんなには寒さを感じないのだが、カメラのバッテリーの方が心配だ。オリオンの星々が沈むまでもってくれるだろうか。 気温は低いが、湿度はそれほど高くはないかもしれない…。とすれば、レンズの露よけヒーターをレンズには巻かず、カメラに電源を供給するバッテリーに巻いたらより長い時間撮影できるかもしれない…。 賭けのようなものだ。カメラのバッテリーがもっても、途中でレンズが曇って、ソフトフォーカスの星空になってしまうかもしれないが、オリオン座で最後に沈むであろうα星・ベテルギウスがスカイラインへ消えていくのを撮れる可能性は高くなる。 20:06 撮影開始 … 静かな湖畔。 北西の空にたくさんの人工衛星が光っては消えていく。あれは恐らくイーロンマスクの打ち上げたスターリンク衛星。 飛行機の明るい光跡が空を横切り、あとから音が続いていく。あの飛行機が飛んでいるのは対流圏か、それとも成層圏だろうか。 今、空には対流圏にも、成層圏にも、中間圏にも、熱圏にも、人工物があふれている。昔は宵や明けの空に人工衛星の光跡を見つけて喜んでいたものだが、今のこの過密な人工の光を夜空を観察したり撮影する人たちの多くは、好ましからざるものに思っていることと思う。 そんな地球の人工の光の遥か彼方で、星座を作る銀河系の星たちが輝いていた。3月の空は真冬の透き通るような空気ではなく、少し水蒸気が含まれるようなもので、冬の淡い天の川ははっきりとは確認できない。それでも肉眼で4等星くらいは見えていただろうか。 たくさん積もった雪のおかげなのか、湖畔を走る自動車は本当にまれにしかない。 … 気温はさらに下がって−5℃。ときおり湖面を正面の方向から風が吹いてくる。 オリオンの左側にあるおおいぬ座のシリウスも山際に近づいてきた。オリオンが沈むと想定したのは天神峠と掃部ケ岳の間の山の凹部分だが、シリウスはその左側の氷室山の稜線に消えてきそうだ。 22:14 プレアデスが掃部ケ岳の山頂付近に消えた。 その8分後、オリオンのβ星・リゲルが天神峠のあたりに没していく。 このころから榛名湖の湖面を霧が漂い始めてきた。湖面を漂うように、道路沿いの街灯の光を受けて、夜の榛名湖は神秘的な雰囲気になってきた。 23:00 シリウスが氷室山の東斜面に消えていく。ほぼ同じころに木星、そして、オリオンの三ツ星も次々と黒いスカイラインに消えていった。 最初は緑色だったバッテリーの残量を示すランプは、黄色からすでに赤へと変わってきている。これが赤い点滅に変わったら万事休す…。はたして、ベテルギウスが没するまでもってくれるだろうか? … そして… 23:43 ついにオリオンのα星・ベテルギウスが掃部ケ岳の裾野に消えていった。 23:50 撮影終了…。 撮影開始から3時間44分が経過していた。 バッテリーはもうダウン寸前。まだまだタイムラプスの撮影のシステムには工夫が必要なようだ。 そして、撮影中は見たくても見られなかったレンズを3時間44分ぶりに見てみると、レンズの表面には氷の結晶がまだらに付いていた。全面に結露しているわけでなく、レンズの一部に空気中の水蒸気が昇華したように氷の結晶を作っていたのだ。霜のようなものなのだろう。それはレンズの表面だけではなく、カメラ本体にも、コードにも、いたるところに付いていた。システム全体が凍りついてしまったかのような様相である。 レンズ全面に結露していたのならソフトフォーカスの星空だったが、こんなふうに霜がついてしまった星空は、その部分には光が届いていないことになるので、暗黒星雲がそこにあるような不思議なものとなってしまった。きっと見る人が見れば、どんな失敗があったかわかることだろう。 榛名湖の幻想的な夜の風景は、なかなか思い通りにはならない手強い風景でもあった。 この榛名湖の星景は https://youtu.be/SyQVgFQnFyo にあります。 |
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