| 2025年11月 榛名湖畔に舞うフユシャク |
![]() クロスジフユエダシャク Pachyerannis obliquaria ♂ |
| 11月中旬の榛名湖畔でのこと。紅葉真っ盛りの榛名湖畔は黄色や赤色に変わった木々の葉が明るい陽射しに映え、穏やかな秋の装いとなっていた。とはいえ気温は10℃を下回るようで、陽の当らない林の中では肌寒さを感じる。暦の上ではもう「冬」なのだ。 そんな明るいけれども寒さを感じるような湖畔の林の中を何頭かの小さな白く見える蛾がひらひらひらひら… と、飛んでいた。「蛾」といえば夜と思いがちだが、昼間から飛んでいる蛾もいるのだ。 それはフユシャクの仲間だった。幼虫が“尺取虫”の姿をした蛾で、他の昆虫たちの多くが姿を隠してしまう寒い季節になった頃に成虫の姿になって空を舞う蛾の一群を“フユシャク”と呼んでいる。とはいえ、飛ぶのはオスで、フユシャクのメスは翅が退化して無くなってしまっているか、あってもとても飛ぶことのできないような痕跡のような翅でしかない。 湖畔の林にいた多くはクロスジフユエダシャク Pachyerannis obliquaria だった。このフユシャクは毎年、11月の中旬になるとこの場所でその姿を見かける。今年は例年に比べて少ないようだったが、最盛期ではなかったのかもしれない。もう一種、ナミスジフユナミシャク Operophtera brunnea というフユシャクの姿もあった。 フユシャクは一度飛び始めると、あっちへひらひら… こっちへひらひら… と広い範囲を飛び回っていて、追って行ってもなかなか止まっている姿を見せてはくれない。そして、少し離れたところで地上に降りたのを確認して、近づいて行っても、落葉に紛れてなかなかその姿を見つけ出すのも難しい。まして、翅のないメスの姿を探し出すのは至難の業だ。 フユシャクのオスがひらひら飛んでいるのはエサを探しているわけではない。彼らにはもう食べ物を食べてエネルギーを補給する術は残されていない。退化しているのはメスの翅だけではなく、蜜を吸うような口吻も無くなってしまっているのだ。最後にエネルギーを補給したのはサナギになる前の幼虫の時代になる。 彼らの飛行の目的は繁殖のためのメス探しだ。飛べない、そしてどこにいるのかよくわからないメスを探す手がかりはメスの発するフェロモンである。そのフェロモンを捉えようとオスたちはひらひらと飛び回っているのだろう。 しばらくそんなフユシャクの飛行を眺めていると、直線的に飛ぶ蛾が見えた。一直線に地面に降りたようだった。これは、メスを見つけたのか!? 蛾が降りたあたりから目を離さないようにして、慎重にゆっくりと近づいていくと、その理由が分かった。彼はメスを見つけたわけではなかった。ハタケヤマヒゲボソムシヒキの餌食となって捕まっていたのだ。直線的に飛んだのはフユシャクではなく、ハタケヤマヒゲボソムシヒキの飛行だった。 ハタケヤマヒゲボソムシヒキも晩秋から初冬にかけて出現するアブで、この季節、陽だまりでよく見かけることがある。天敵の少ない冬の季節を選んだフユシャクなのに、同じようにライバルの少ない季節を選んだ捕食者に見つかってしまったとは、彼は運が悪かった。 しばらくして、今度は地面すれすれをバタバタと飛んでいるフユシャクを見つけた。地面すれすれというよりも、ときどき地面の落葉に翅を接触させながら飛んでいる。他のフユシャクたちは地面から50cm〜1mくらいの高さのところをひらひら飛んでいるものが多いようなのだが、この個体はエネルギーが尽き、もう満足に飛べなくなって、地面でバタバタともがいているようにも見えた。広い範囲をとびまわっているわけではない。半径1mくらいの場所をバタバタと忙しそうに飛び回っているのだ。 すると、突然、翅を拡げたまま飛ぶのをやめて止まった。そして、近づいてよく見ると、すでにメスとつながっているではないか! 蛾はクロスジフユエダシャクだった。 上にいるのが翅の無いメス。下にさっきまでバタバタと飛び回っていた翅を拡げたままのオス。 あのバタバタ飛行はフェロモンを感知したオスの最終的なメス探しの飛行だったのだ。こちらは運のよかったフユシャクだった。 それにしても、メスの姿はとても蛾とは思えない。知らない人がメスだけでいるところを見つけたら何だと思うことだろう。 飛ぶことをやめたのは、体を大きくしてたくさんの卵を産むためか、あるいは、熱が逃げるのを少しでも減らそうとした結果なのか、それとも何か別の理由が…? 生き物たちの生き方の選択は本当に様々である。 |
![]() ナミスジフユナミシャク Operophtera brunnea ♂ |
![]() クロスジフユエダシャクの交尾 上の翅の無いのがメス |
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