2025年1月
エナガの木


2025.1.23. 榛名山西麓


 写真家・小原玲さんの“シマエナガちゃん”のおかげで一躍有名になったシマエナガ。写真集などで見かけるシマエナガの姿はさすがに愛らしく、多くの人たちの心をひきつけたのもよくわかる。だが、そのシマエナガは北海道まで行かなければ出会うことができない小鳥だ。
 エナガの仲間は20亜種程度に細分されるというが、日本にはシマエナガの他にエナガ・キュウシュウエナガ・チョウセンエナガと、4亜種が生息するのだとか。本州にいて榛名山麓で見かけるのはエナガ Aegithalos caudatus trivirgatus である。
 シマエナガの愛くるしい真っ白な顔に対して、エナガには目の上に黒い眉斑があって、それが少しエナガのマイナスポイントとなってしまっているのかもしれない。しかし、エナガもシマエナガに負けないくらいチャーミングな小鳥であることは言うまでもない。
 1円玉8枚分くらいしかない軽い小さな体で、せわしなく動き回る。枝から枝へ、あるいは何かにぶら下がったり、木の幹にとまったり、と変幻自在に林の中を群れで飛びまわるのだ。おまけに、どこからかやってきた群れは、見ているうちに、いつの間にかどこかへ消えて行ってしまうような、つかみどころのないような動きをする。
 そんなわけで、彼らの姿を撮影するのはなかなか困難度が高い。ファインダーの中に捉えること自体が難しいのに、やっと捉えたかと思えばピントが合う前に、その場から飛び立ってしまうのだ。1ヶ所にとどまる時間は数秒といったところだろう。そして、群れでやってくるから、目移りはするし、カメラを振り回しているうちにいつの間にかみんなどこかへ行ってしまい、結局、満足な画像は得られないということになる。スチール写真でもそうだが、動画で撮ろうと思ったらさらに困難度は上がる。

 落葉した明るい雑木林の中で、このエナガの群れに出会った。
 またどこからかやってきて、どこかへいってしまうのだろう… と眺めていると、いくつものエナガが一本の木に集まってきた。それも枝から枝へ飛び回るのではなく、幹にとまっているのだ。よく見れば、真冬だというのにその樹木からは樹液が滴り落ちているのである。エナガたちはその樹液を飲んでいたのだ。
 その樹木はキツツキの仲間に突かれたような痕が痛々しく残っていて、ずいぶんと痛めつけられたような様子がうかがえる。キツツキに突かれたから弱ったのか、弱っているから突かれたのか、いったいどっちが先なのだろう。周囲を見回してみてもこんなふうに樹液を流している木は1本も見当たらなかった。
 シャッターチャンスである。これほど1ヶ所にとどまっているエナガなどなかなか出会えない。だが、こんなときに限ってカメラを持ってきていなかった。持っていたのはこれからセットしようとしていたトレイルカメラだけで、これではエナガは撮れない。相変わらず間が悪かった。
 しばらくの間、何もできずにエナガ達を眺めていた。エナガ達はいつものようにいつの間にかどこかへ行ってしまうようなこともなく、しばらくの間、その樹液を熱心に飲んでいるのだった。
 もしかして、カメラを取りに帰っても、まだいるかも…??
 あり得ないような思いが脳裏に浮かんだ。エナガが同じ場所にずっといるなど、普通なら到底考えられないのだが、この樹液に執着する様子を見ていると何やらそんなこともあるかも、と思えてきたのだ。
 彼らを驚かせないように、慎重にゆっくりとその場を離れた。
 
 カメラを持って、エナガのいた木の場所へ戻ってみる。
 だが、やはりエナガはもういなかった。当たり前である。それは予想通りの展開でしかなかった。
 ところが、予想外のことが起こった。ちょっと待っていると、またエナガ達がその樹液を出している木のところへ戻ってきたのだ。そして、先ほどと同じように幹にとまっては、流れ落ちる樹液を飲んでいる。入れ替わり立ち代わり、しばらくそこで樹液を飲んでは、どこかへ行き、また別のエナガがやってきては樹液を飲む…。群れ全体が大きく広がり、樹液を出している木がその中心にあるかのようだ。キツツキにいじめられて枯れてしまうかもしれない雑木林の中の1本の木は、エナガ達の憩いの場となっていた。
 あんなに撮れなかったエナガの姿がいくらでも撮れた。動画にさえ記録することができた。そこはエナガ撮り放題の秘密のスポットだったのだ。
 これでセンスがよければ“エナガちゃん”の傑作でも撮れそうなものなのだが…。モデルと条件は万全でも、やはりシマエナガちゃんには勝てそうもない、か。
 





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