2024年8月
直売所の鳥の巣


コケで作られた巣の雛


 朝のイヌの散歩をしていると、トウモロコシをいっぱいに積んだクルマを運転してNさんがゆっくりと近づいてきた。畑で収穫した朝採りのトウモロコシを直売所へ運んでいくところだったのだろう。私の姿を見つけて、クルマを止めた。
 いつものようにニコニコしながら、直売所にコケで作った鳥の巣がある、と言う。雛もいて、茶色っぽい… いや黒っぽい?親鳥がエサを運んでくるのも見た、とも。そして、直売所のどこに、どんなふうにしてあるのか詳しく教えてくれた。
 いったい営巣している鳥は何だろう? Nさんも正体が判らないという。
 朝から、なかなか好奇心を刺激するニュースだ。

 朝食の後、さっそく問題の直売所へ向かった。
 国道沿いにあるNさんの直売所は大人気のスポットだ。朝9:00ころ開店だというのに直売所の前にはすでにクルマが何台か止まっている。トウモロコシを求めて、最盛期には20人以上の人が並んでいたこともあるくらいだ。
 さて、問題の鳥の巣は…。
 採ってきたばかりのトウモロコシを整理する仕事の手を休めることもなく、Nさんや奥さんが巣のありかを教えてくれた。それは朝聞いた通り、直売所の屋根を支える太い丸太の横木の上にあった。直売所の軒下を借りるようなところで、さすがに手は届かないが、バスケットボールやバレーボールの選手ならばジャンプして雛を捕まえることができるかもしれない。そんな高さである。巣に雨水がかかることはないが、人の動きでせわしないことこの上ない。
 なんでこんなところに… と思いたくなるが、ツバメやスズメも人のいる近くによく巣を作る。それは人の存在によって他の生物から巣を守る鳥たちの戦略なのだと聞いたことがあった。もしかしたら、この巣もそんなタイプの鳥のものか?
 それとも、この直売所は夏限定の営業なので、直売所が始まる前に“いい場所見つけた!”と思った親鳥がここに巣を作ったのだけれど、巣立ち前に開店となってしまったのか…?
 
 しかし、しばらく待っても親鳥はやってこない。
 巣を見上げるような形になるので、巣の中の様子はわからないが、確かに複数の雛がいるのは確認できた。大きな口をあけて鳴く声も聞こえる。それなのに−
 トウモロコシを求めてやってくる人たちは次々と訪れ、途切れることはない。親鳥はエサを運ぶチャンスを失ってしまっているのではないか−?
 だがNさんは、人がいてもエサを運んでいた、と言っていたはず。とすると、巣に注目するわけではない不特定多数の人々は大丈夫でも、巣に注目している、鳥にとっては不審者である私の存在が親鳥たちを遠ざけているのかもしれない。
 午前中1時間ほど直売所にお邪魔させてもらったのだが、所用があったので午後出直すことにした。このままでは親鳥が巣を放棄してしまうかもしれないし…。
 
 その日の午後出直してみる。
 午前中、やはり私のいなくなったあとで親鳥はやってきたらしい。不審者が消えたからなのか、こちらの我慢が足りなかったのかは謎である。
 あまり親鳥に見ているということを悟られないように… と思って、少し離れたところでトウモロコシを焼いているTさんと話をしていたとき、小さな声で奥さんが“来ている”と教えてくれた。
 えっ、と思って巣を見るが、そこにはいない。
 あそこの木の枝にいる… と、指さして教えてくれた先は、まだそれほど大きくはないヤマボウシの木。
 どこ…? 「そこにいる」と言われて、そこに鳥の姿を認識するまでずいぶんと時間がかかってしまった。少し混みあった枝の中にいると脳はなかなか鳥の姿を描いてくれないものだ。それが茶色っぽい鳥だったからなおさらだ。
 何だろう…? 見慣れない鳥だ。せわしないそんなところに巣を作る図々しい奴はかご抜けの外来種・ガビチョウでは?などと想像していたのだが、予想は外れた。
 ヤマボウシの枝にいる姿をやっと見つけたら、すぐにその親鳥は巣の方へ飛んできて、雛にエサをあげるとすぐにまたどこかへ飛んで行ってしまった。巣にいたのは1分もなかったかもしれない。
 数カット撮れた画像をカメラのモニターで見直してみるが、正体はわからない。
 しばらくして、もう一度その茶色の鳥がやってきて、あのヤマボウシの木の同じ場所にとまってから、巣の方へやってきた。
 ヤマボウシ→巣、というルーティーンがあるようだ。注目のポイントはヤマボウシ!
 …そう思って、そのヤマボウシを見ていると、また鳥はやってこなくなってしまった。やはり不審者か…?
 すると、しばらくして、また奥さんがあそこにいる、と教えてくれた。ヤマボウシでも、軒下の巣でもなかった。そこは直売所の裏の木陰の枝だった。
 茶色の鳥ではない。日影で黒っぽく見えるが、青い色をしている。何と!オオルリだ!!
 とすれば、謎の茶色の鳥はオオルリのメスということになる。
 青い姿のオスは、クチバシの先に毛虫を咥えたままじっとしていた。その場所で巣へやってくるチャンスを待っているのかもしれない。
 しばらく眺めていると、そこへあの茶色の鳥もやってきて、オスのすぐそばの枝にとまった。やはり口には何かを咥えている。だが、そのまま巣の方へは行かずに咥えていた虫を自分で食べて、またどこかへ飛んで行ってしまった。オスはそのままの姿で毛虫を咥え続けている。
 やはり不審者の長居はよろしくないようだ。正体が判明したところで、直売所を後にした。
 


巣にやってきたメス

 それにしても、こんなところにオオルリが巣を作るとは!
 オオルリといえばバードウォッチャーも「見られればラッキー」と、一目置かれるような存在だ。営巣しているところなどなかなか見られるものではない。昔からウグイス、コマドリとともに“日本三鳴鳥”のひとつに数えられたり、ルリビタキ、コルリとともに“青い鳥御三家”などとも呼ばれたりしている“幸せの青い鳥”である。
 榛名山麓や烏川の源流域では、東南アジアなどから渡ってきた4月下旬からゴールデンウィークにかけて見かけることがあるが、木々の緑が深くなってくるとなかなか見るチャンスもなくなってくる。
 オオルリの産卵は5月から7月ころに行われることが多いという。抱卵に約2週間、巣での育雛にも2週間くらいの時間を使うというから、産卵から巣立ちまで約1ヶ月ほどかかることになる。
 10月にはまた南へ渡るというのに、8月の中旬になって雛にエサを運んでいるこのオオルリたちはかなりのんびりペースだ。それとも、直売所の別の場所には放棄された巣の残骸が残っているから、一度失敗して、2度目の子育てということなのかもしれない。
 まだまだ暑い日が続いているが、秋はもうそこまで来ている。
 直売所の“幸せの青い鳥”が無事に育ちますように!!
 
 

毛虫を咥えたままのオス

メスはまったくルリ色ではない

 
 追記
  2024年8月19日、無事に巣立ったそうです。
 

 





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