2024年8月
アズマヒキガエル

ビッキーのもぐもぐタイム





 夕刻の薄明が始まるころ、庭先の梅の木の枝にライトをぶら下げ点灯させてみた。
 ライトアップ… というわけではなく、光に惑わされてやってくる昆虫たちを見てみようという作戦である。本来ならば、昆虫がよく反応する380nmあたりの波長の光源で、光を反射させる白い布を張って効率良く昆虫を集めるのだが、準備も片づけも面倒なので、超手抜きの“ライトトラップ”である。自宅の照明の他に光源のない雑木林の中なので、これでもそれなりに昆虫たちは集まってくる。

 夕食のあと、外へ出てみると、ぶら下がったライトの周りをやけに多くの小さな昆虫たちが飛び回っているのが見えた。小さなハエやアブなどはいつもそれなりに集まってくるが、これほど多いことはない。ちょっと近づくのに躊躇するような数だ。
 羽アリだった。体長10mmほどの黒っぽいアリが光の周りを飛びまわり、地面にも蠢いていた。ヤマアリの仲間だろうか。ちょうど結婚飛行のタイミングでライトを点灯させてしまったようだ。
 近づいてみると、髪の毛に、顔に、体中のいたるところに羽アリが飛んできてはとまり、せかせかと動きまわる。とてもゆっくり蛾などを見ている状況ではない。
 そんな大混乱の光の下、握りこぶしほどの塊がのそのそと動いているのに気がついた。
 ヒキガエルだ。
 日本に生息する主なヒキガエルは、アズマヒキガエルとニホンヒキガエルで、両者は東日本と西日本ですみ分けている。ここにいるのはアズマヒキガエルである。
 ヒキガエルは光の下に来て、蠢く羽アリたちを食べているのだった。羽アリを認識すると、身構え、目標を定め、次の瞬間にはパッと長い舌を出して羽アリをからめとっていく。一瞬の早技だ。ときどきのそのそと動くが、ほとんど一ヶ所にとどまったままで、近づいてくる羽アリを次から次へと平らげていく。ライトの下に集まった結婚飛行の羽アリたちは、大きなヒキガエルの食べ放題のご馳走となっていたのだ。
 やがて、最初のころは光のすぐ下にいて、本当に次から次へと舌を伸ばしていたが、十分食べたのか、しばらくすると、光から少し離れて、ときどき思い出したかのように羽アリを食べるようにペースダウンしてきた。食べられるときにはいくらでも食う、というわけではなく、さすがに食べ飽きたのか。
 それでも、ヒキガエルは光がついている間、光の届く範囲をウロウロしながら、そこから離れることはなかった。まわりに食べ物いっぱいの幸せな気分だったのかも… と、人間的な発想をしてしまうが、本当のところはどんなものだろう。カエルに聞いてみたいところだ。
 
 午後10時すぎ、昆虫たちの宴たけなわの“ライトトラップ”を終了とする。
 延長コードのコンセントを抜けば、一瞬にして闇が訪れる。
 すると… それまで満腹感を味わうかのようにじっとしていたヒキガエルは、急に我に返ったかのように、それまでとはうって変わって、驚くようなスピードで、懐中電灯の光から逃れるように、一目散に闇の奥へ走って消えていった。
 
 





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