2024年7月
魅惑のヤマユリ




 今年最初の庭のヤマユリが咲いたのは7月19日のことだった。
 榛名山麓ではそう珍しい花ではないのだが、自宅周辺には自生のヤマユリを見ることがなく、庭にあるのは連れがどこかで苗を買ってきては何度も何度も植えて、いつの間にかいっぱいに増えたものだ。たぶん、昔はこのあたりにも野生のものがたくさんあったのだろうけれど、みんな採って食べてしまったのでは… と、あらぬ想像を巡らせたりもしている。
 最初の花が開いた朝、外へ出てみると、すぐにヤマユリの香りが漂っているのがわかった。臭いに鈍感な自分の鼻が判ったのだから、相当濃い匂いだったはずだ。
 そして、さっそくそこへカラスアゲハがやってきていた。ヤマユリの匂いが引き寄せたのだろう。ヤマユリが咲くまであまり見かけることのなかったカラスアゲハである。ミヤマカラスアゲハもやってきた。クロアゲハも…。
 アゲハたちはヤマユリの花の奥へ長いストローのような口吻を伸ばしている。そのため花の入口に突き出すようにしてある雄しべに触れた翅には赤茶色の花粉がびっしりついて、別の蝶のような姿になっていたりするのだった。
 花粉を運んでもらうヤマユリと、蜜をもらうアゲハの持ちつ持たれつの良い関係がそこにあった。
 花の中に入り込んでいるハサミムシもいた。キバネハサミムシだ。こちらは花粉を食べているのかもしれない。ヤマユリにとっては、あまりありがたくないお客さまかも…?
 どういうわけか、小さなカタツムリのウスカワマイマイも花の中に入り込んでいた。こちらは匂いにひかれたというよりも、夏の陽ざしを逃れるための避暑地のつもりのようにも思えなくもない。
 夜になるとヤマユリを訪れる者たちの顔ぶれはガラリと変わった。
 夜の主役は蛾たちだ。夕方、辺りが暗くなってくると、どこからかやってくる。
 ヤマユリの匂いは昼間よりも夜の方が強いのだという。確かに、夜の闇の中でヤマユリは良く匂っている。この強い匂いは、夜の昆虫たちを魅力的に誘っていることだろう。
 まず目立つのはベニスズメ、ミスジビロードスズメといったスズメガの仲間。そして、アカテンクチバ、キクキンウワバ、エゾギクキンウワバといったヤガの仲間。ミヤマツバメエダシャクというシャクガの仲間も来た。そういえばこの蛾を見るのはいつもヤマユリの花でだ。クロスジノメイガというノメイガの仲間も常連である。
 そんな昆虫たちを狙ってか、シュレーゲルアオガエルがヤマユリによじ登っている場面にも遭遇した。
 昼間も昆虫たちに人気のヤマユリの花だが、夜は昼よりもさらに一段と賑やかさをましているのだった。
 だが、一つの花が昆虫たちをひき付けるのは数日間くらいでしかない。開花の頃はよく香り、昆虫たちがたくさん集まっていた花も、3日もたてば閑散としてしまう。近づいてみると、花の姿はそれほど変わらないが、匂いはあまり感じられなくなっている。花はすでに目的を完了しているのか、昆虫たちを必要としなくなった花はもう匂いも蜜も出していないのかもしれない。
 だが、ヤマユリの花は次々と咲いていた。
 一斉に咲くのではなく、やや時間差を持って。たくさんのつぼみを持っている株は下から順番に。そのため、日替わりでその日の人気の花が現れることになる。たくさん咲いている花の中で、その日の人気スポットはわずか数ヶ所だ。
 こうして、7月下旬のひととき、ヤマユリはいろいろな生物たちを魅了しながら、自らもまた未来へのプロセスを進行させていく。
 

 
ベニスズメ


ミスジビロードスズメ


アカテンクチバ

キクキンウワバ


エゾギクキンウワバ

ミヤマツバメエダシャク

クロスジノメイガ

キバネハサミムシ

シュレーゲルアオガエル





TOPへ戻る

扉へ戻る