2024年7月
タテハサムライコマユバチ



ルリタテハの幼虫      2024.6.26. 榛名山西麓


 サルトリイバラの葉の裏にトゲトゲのイモムシを見つけた。
 ルリタテハの幼虫である。サルトリイバラはルリタテハの食草なのだ。その姿はいかにも“触ったら痛い目にあうぞ!”というような雰囲気を漂わせているが、棘は実はただの飾りでしかない。タテハチョウの幼虫はこんな姿をしているものが多いけれど、この棘が実力を行使するようなものは知らない。しかし、その棘の無力さを知る人はそれほど多くないだろうから、気軽に触ったりする人はあまりいないだろう。ヒトに対しては、この棘はある程度効果を発揮しているに違いない。半面、その姿ゆえ忌み嫌われ、踏みつけられてしまうという災難にあってしまうこともありうるが…。
 同じように、捕食者であろう鳥などに対しても、何らかの効果があるのかもしれない。それとも自然界では何か別の意味のある働きもしているのだろうか。
 1頭が確認できると、ここにも、そこにも… というように、1株のサルトリイバラのあちこちに同じようなトゲトゲの姿をした幼虫たちが目に入ってきた。大きさからして終齢幼虫で、もうすぐサナギになろうか、というような状態である。そのうちサナギの姿になって、どこかにぶら下がることだろう。

 ところが…。
 数日後、ルリタテハの幼虫たちを見に行ってみると、少し様子が変わっていた。
 サナギにはなっていない。あのトゲトゲのイモムシ状態のままだ。違うのは、その脚もとに白いマユのようなものが見えること。白いマユを守るかのように、お腹の下に抱え込んでいるようだ。ルリタテハのサナギってマユを作るんだっけ!? それともサナギになる前に死んでしまって、カビでも生えてきてしまったのか??
 が、幼虫は死んではいなかった。近づいたこちらに動きに驚いたのか、白いマユのようなものの上で、幼虫は体をくねらせて態勢を変えたのだ。
 これは何事だ?!
 幼虫の下の白いものは何だ?!
 見れば、いくつもいた幼虫たちの腹の下には、それぞれ白いマユのようなものがある。
 

マユを抱えたルリタテハの幼虫  2024.7.2. 

 ― 寄生バチだった。
 その名はおそらく「タテハサムライコマユバチ」。
 ルリタテハの幼虫の下にあった白い塊は、寄生バチによってルリタテハの幼虫に産み付けられた卵がルリタテハの体内で幼虫となり、ルリタテハ幼虫から栄養を摂取して、その体内で育ってきた寄生バチの幼虫たちが、幼虫の時期を終わり、次のステップへ進むために外へ出てきて作ったマユらしい。
 そのサルトリイバラにいたルリタテハの幼虫は、おそらくすべてが寄生バチの栄養源となってしまっていたようだ。ルリタテハの幼虫の棘は寄生バチにはまったく無力だったことになる。
 
 だが、ルリタテハの幼虫も生きていた。マユを抱え込むような姿で、まるで白いマユを守るかのように。いつ見に行っても、その態勢はほとんど変わることはなかった。マユの糸によって動けなくなっているようでもなかった。自らの意思でそこにいるようにも見える。
 ジガバチのようなイモムシを狩る“狩りバチ”たちは、自分たちの幼虫のエサとしてイモムシを捕らえたとき、それを殺さず、仮死状態のような形で、常に新鮮な状態を保ち続けられるような術を持っている。方法は異なるけれど、この寄生バチも子供たちが育つまで宿主を生かし続ける技を使っているのだろう。
 そして、さらに驚くべきことに、タテハサムライコマユバチには“生かし続ける”だけではなく、宿主の発育や免疫系をコントロールしている、という研究結果もあるという。
 カマキリの体内に寄生するハリガネムシは、自らが産卵のためにカマキリの体外へ出るころになると、カマキリを水辺に誘導するという。それと同じように、ルリタテハに寄生した寄生バチも自らを守るように、ルリタテハの幼虫をマインドコントロールしている?!
 ルリタテハの幼虫に“心”があるとすれば、体内を食われ、成虫になることもできずに死んでいく無念な状況よりも、何だかわからないが“守るもの”を守り抜いて、自らの命を終える方が心静かに死んでいける… ような気もする。
 だが、その“守り抜いたもの”はさらに次の世代のルリタテハの幼虫にも禍をもたらす存在なのだ。寄生バチの方が一枚上手のようだ。しかし、そのしたたかな寄生バチの生き方も、宿主となるルリタテハ幼虫がいなければ成り立たないから、寄生バチの一人勝ちもまたありえない。


白いマユの表面に現れたタテハサムライコマユバチ
2024.7.2.


ルリタテハのいなくなったマユ
2024.7.10.

表面の綿状のものを取った状態
スケールは1メモリ1mm


 何日か経ち、サルトリイバラの葉の裏からルリタテハの幼虫の姿が消えた。ついにルリタテハの幼虫の命は終わってしまったのだろうか。そして、幼虫が抱え込むようにしていた白いマユだけがそこに残されていた。寄生バチたちは巣立っていたのだろうか。
 守るもののいなくなった白いマユを葉ごと採ってみた。
 白い綿のようなマユ。だがフニャフニャではなく、中に何か入っている。ピンセットを使って、その綿のようなものを慎重に取り去ってみた。
 中から現れてきたのは、長さ17mm、高さ9mm、厚さ3〜4mmの板付カマボコを短冊状に切ったような形のものだった。そこに小さな穴が開いている。寄生バチの幼虫たちがサナギから成虫へと姿を変えたはずの小さな部屋が積み重なって、集合住宅のようになっているのだった。
 小さなハチの巣である。アシナガバチなどの社会性のハチの巣は、幼虫のために成虫が作るけれど、これは幼虫自らが作った巣だ。
 ルリタテハの幼虫の体内から出てきた寄生バチの幼虫たちがこの“集合住宅”を作るとき、ルリタテハの幼虫は黙って見守っていたのだろうか。そして、いったいどうやってこれを作ったのか。寄生バチたちのやることは興味が尽きない。
 “集合住宅”に開いた穴は直径1mm程。アシナガバチなどのハチの巣の穴は六角形というのが定番だが、この巣の穴は真ん丸だ。
 穴の数は97個あった。ルリタテハの幼虫の体内に97頭の寄生バチが育っていたということになる。巣の中はすでに空っぽだったから、ここから97頭の成虫がどこかへ飛び去っていったはずだ。そのうちの何頭がルリタテハの幼虫にたどりつけるのだろうか。
 コナラの木の樹液にルリタテハの成虫が集まっている。ここまで生き抜いてこられたその幸運さを感じずにはいられない。



 





TOPへ戻る

扉へ戻る