2024年6月
カバキコマチグモ


折りたたまれたススキの葉      2024.6.26. 榛名山


 榛名山の草原で、伸びてきたススキの葉先が何回か折り曲げられ、それが開かないように糸でくくられたようなものを見つけた。ススキの葉先に小さな粽(ちまき)ができているような姿である。ただ折り曲げられただけで、切られたわけではない葉は枯れることなく新鮮な緑色をしている。
 これはたぶん、フクログモの仲間の巣だ。葉のたたみ方からして、カバキコマチグモだろうか。
 こんな風にススキの葉を折り曲げて巣を作っているものはこれまでもたまに見ることはあったが、いつも“フクログモの仲間だろう”で終わってしまっていて、本当のところを調べずに通り過ぎてきた。
 ちょっと中を見てみようか…
 巣を作った本人にはとても迷惑であろう気まぐれな思いつきが頭の中に浮かんだ。
 しかし、迂闊なことはできない。それはカバキコマチグモである可能性が高いのであるから。
 カバキコマチグモは知る人ぞ知る(?)日本で最強の呼び声の高い毒グモなのだ。毒グモといえば“タランチュラ”というのが有名だが、日本には生息していないし、実はそれほど毒は強くないのだとか。そもそも“タランチュラ”という種は存在せず、伝説の中に登場する毒グモの名前が“タランチュラ”で、熱帯地域に生息するオオツチグモなどが“タランチュラ”として扱われているというのが本当のところらしい。その“タランチュラ”よりもはるかに毒性の高い毒を持つカバキコマチグモである。
 安易にその場で葉を拡げたら、飛び出して来て、咬まれてしまうかもしれない。
 毒が少量であるため、咬まれても死ぬようなことはないようだが、その痛みはスズメバチに刺されたような激痛に匹敵し、2〜3日あるいはもっと長い間、痛みが続くという。
 そこで、その粽のような葉先を下から切り取って、ファスナー付のサンプル袋の中に入れて、お持ち帰りとすることにした。
 いったい何が入っているのだろうか? 卵? 幼生? カバキコマチグモは子供を守ることで知られるクモだから、これがカバキコマチグモの巣ならば、母グモも一緒にいるはずだ。
 どうやって葉を開けようか。100個も卵を産むというから、開けた瞬間に子供がゾロゾロ這い出してきたら大変なことになりそうだし…。
 そんな心配をしながらも、何が入っているのか、ちょっとしたワクワク気分で帰宅して、ザックの中からサンプル袋を取り出すと…。
 なんと、すでにサンプル袋の中には、粽姿の葉の外にクモが出ているではないか。それも2頭。ただならぬ事態に巣から脱出したが、それ以上逃げられなかったというところだろう。おかげで、透明なサンプル袋を通して、ゆっくりと見ることができた。
 図鑑と照らし合わせてみると、やはりカバキコマチグモで間違いなさそうである。2頭はオスとメスだ。
 図鑑やネット上の情報によれば、産卵は8月ころで、6月のこの時期は交尾期にあたるようだ。それを先に知っていれば、葉を開けて見たら幼生がゾロゾロ出てくる… などという心配はしなかったことだろうに。


オス

メス

 カバキコマチグモの母グモは子供を守る、と先に書いたが、子供あるいは卵を守るクモというのはそう珍しいものではない。昆虫の多くが卵を産みっぱなしで命尽きていくのに対し、クモの多くは、卵が孵化し、幼生がそれぞれ生きていくまで面倒を見ることが多いようだ。
 卵の入った卵のうを背負って歩くコモリグモの仲間をはじめ、卵のうに覆いかぶさっていたり、卵のうと一緒に隠れていたりするクモはたくさんいる。だが、カバキコマチグモが他のクモとちょっと違うのは、卵から孵った子供たちに自らの体を食べさせるということ。
 その現場を見たことはないが、一斉に孵った子供たちは、1回目の脱皮をしたあと、それまで守ってくれていた母グモの体液を吸ってひとり立ちしていくのだとか。子供たちの1回目の脱皮のときが、自らの命の終わるときであることを母グモはわかっていて卵を守り続けるのだ。そして、そこに自らが存在しているということは、1年前、そのクモもその母グモの体液を吸って生き延びてきたということに他ならない。
 なんという命の連鎖。
 命を繋ぐということに徹して、自らの一生を生きているようなメスグモ。
 それにしても、生物というものは、何のために未来へ命を繋いでいこうとしているのだろう。カバキコマチグモを眺めていたら、根本的で答えの見つからない不思議な謎が頭の中にモヤモヤと湧き上がってきてしまった。

 





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