2024年5月榛名山のトネリコたち |
沼の原に咲いていたトネリコの仲間の白い花 2021.5. |
5月の中旬、ナンジャモンジャの木が開花したという話題がテレビから流れてきた。大きな樹木の樹冠から下の方まで、真っ白な花がいっぱいの姿は、満開のソメイヨシノにも負けないようである。何年か前、岐阜県の中央道・屏風山SAで植栽ではあるけれど、実際のナンジャモンジャの花を見たことがあるが、それは見事なものだった。 “ナンジャモンジャ”という奇妙な名前をもらったこの樹木の標準和名は「ヒトツバタゴ」という。「ヒトツバタゴ」もまたちょっと奇妙な語感があるが、「葉が一つのタゴ」というように単語をとらえれば、“なんじゃもんじゃ”よりは遥かに植物の名前らしい。「タゴ」とはトネリコの別名なのだとか。トネリコの一枚の葉はいくつかの小葉に分かれているのだが、このナンジャモンジャの葉は小葉に分かれない単葉の葉なので、“単葉のトネリコ”という意味になる。ただ正確には、ややこしいことにヒトツバタゴはトネリコ属ではなく、近縁のヒトツバタゴ属なのだが。 トネリコといえば、木製バットの素材として利用されたことで知られる。イチローや落合博満が愛用したバットの素材のアオダモもトネリコの仲間だ。しかし、最近ではバットの材料として利用できるようなトネリコは無くなってきているらしい。 ナンジャモンジャは自生していないが、トネリコの仲間は榛名山や榛名山麓にもある。 3年前の2021年5月のこと。榛名山の山頂部の沼の原やその外輪山を訪れてみると、あちこちに白い花をつけたトネリコの仲間の姿があった。沼の原、スルス峠、二ツ岳、榛名富士…、点々とアオダモの特徴的な白い花が咲いていたのである。それはトネリコの仲間であるマルバアオダモやケアオダモ、もしかしたらミヤマアオダモもあったのかもしれない。 同じような季節に何度も訪れているのに、たくさんのアオダモの仲間の花が一斉に咲いているのは初めて見る光景だった。 そして、1ヵ月後。白い花は赤紫色の実に姿を変えて、やはり榛名山の山頂部のあちこちに見ることができた。アオダモの仲間の実があちこちで風に揺れる様子を見るのも初めてのことだった。 そして、不思議な偶然なのか、榛名山の沼の原や外輪山でアオダモのたくさんの花を見た1ヶ月前にも山麓でトネリコの仲間に出会っていた。 それは家の近くの道路脇にあったそれまで正体が判らなかった樹木。その謎の木に花が咲いたのだ。花といっても、桜やバラのような見栄えのするようなものではなかったのだが、一風変わった花で、それまで葉の様子からシオジかな? と思っていたのだが、謎の樹木の正体がこれで判明したのだ。トネリコの仲間のヤマトアオダモだった。榛名山麓に越して来て、18年目にして初めて目にした花だった。 それまで、咲いていたにも関わらず見逃していたのだろうか? 道端にヤマトアオダモの花が見つかると、あっちにも、こっちにも同じような花をつけた樹木が見えてきた。こんなにもたくさんあったのかと思ったほどである。これだけたくさんの花が咲いていれば、見逃していたことはないと思うのだが…。 そんなことがあった翌年。山麓のヤマトアオダモは沈黙したままだった。注目していたから、知らない間に咲いていたなどということはあり得ない。 そして、榛名山山頂部のアオダモたちもいつの間にか葉を茂らせ、花の姿は見られなかった。たとえ花の季節を逃したとしても、そのあとには目立つような実がつくことがわかったから、おそらく花は咲かなかったのだろう。 さらに、その翌年も、花は見られなかった。 2021年だけが特別な年だったのか。 後から考えると、まるで示し合わせたように、一斉に花を咲かせたように見える。それも、時間差はあったけれど、山麓と山頂部で。そして、ヤマトアオダモ、マルバアオダモ、ケアオダモと厳密には異なった種であるのに。 さらに加えれば、榛名山ではないのだが、少し離れた烏川の源流域でもマルバアオダモがこの年にたくさんの花を咲かせていたのだった。 同じ植物が同じときに花を咲かせるというのはその植物にとって意味のあることだ。遺伝子の多様性を高めるためには、他の株の花粉が必要となる。そのためには違う株が同じときに花を咲かせなければならない。ただ、花粉が届かないような離れた場所で同時である必要はないのだろうけれど。 音声による会話ができない植物も化学物質によってコミュニケーションをとっているらしいということが最近報告されるようになった。榛名山の、あるいは榛名山の周辺のトネリコの仲間たちは、やはり示し合わせて、この年に開花するという合意を取り交わしていたのだろうか。 後から思えば、2021年は“トネリコ・イヤー”だったのだ。
さて、今年はどうだろうか…? 山麓のヤマトアオダモは今年も沈黙したままだったが、もしかしたら、山頂のアオダモたちは花をつけているかもしれない…。 微かな期待を持って、3年前に榛名山の沼の原や外輪山でたくさんのトネリコの仲間の花を見たのと同じ日付の日に出かけてみた。 沼の原にはたくさんの白い花があった。だが、それはほとんどが満開のズミの花だった。ときどき開花し始めたばかりらしいミヤマザクラの花も混じっている。しかし、3年前のようなアオダモの花はまったく見当たらなかった。3年前、たくさんの花をつけていた株のところへも行ってみた。やはり花はない。つぼみも、咲いたあとの名残も、もちろん実も見当たらなかった。ただ青々とした葉があるだけだった。 その翌日。マルバアオダモの花があった烏川の源流部へも確認に出かけてみたが、やはり花は咲いていなかった。 どうやら今年もこのあたりのトネリコの仲間たちはお休みらしい。 2021年のあの風景が幻のように思えてきた。次にトネリコの仲間たちが花を咲かせてくれるのはいつのことなのだろう。 |
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