2023年3月
カ タ ク リ


 榛名山の中腹に知る人ぞ知るカタクリの自生地がある。
 関東地方で自生のカタクリといえばかなりの貴重品で、群落ともなれば保護地として見守られているようなところも多いのだが、ここはそうではなかった。何の案内もないから、知っているヒトだけが知っている自生地なのである。そして、たいていの人はそこへ行くこともないから知る由もない。
 カタクリがその姿を現すのは春先だけのこと。地面からツヤのある葉を出したかと思うとすぐに薄い赤紫色の花を咲かせ、春が終わるころには花はもちろん葉もいつの間にか地上から姿を消している。だから、春にその姿を見ていない人には、そこにカタクリがあることなどわかりようがないのだ。

 例年になく早いペースでいろいろな花が開花していくのを見て、もしかして、あのカタクリたちも咲いているのでは…? と思いたって、その自生地へ出かけてみた。
 ところが、着いてびっくり。美しいカタクリの花が開いているかと思いきや、そこには巨大な重機が置かれ、太い木が切り倒され、あろうことかカタクリの斜面をふさぐように寝かされていた。そして、斜面には重機が上り下りしたであろうキャタピラの痕、さらに斜面を切り裂いて作られた重機だけが登れるような急傾斜の道。まさに秘密の園≠セったカタクリの自生地は重機によって蹂躙されてしまっていた。
 キャタピラでカタクリを踏みつけていった人は、そこにそんなものがあるのを知っていたのだろうか。こんなことで、このカタクリの自生地は知られることなく消えていくのだろうか。こんなことなら、そこにはカタクリがあるということを広く知らせておけばよかった。
 人間社会の都合でこんなふうにいつの間にか消えていくものたちはいったいどれほどあるのだろう。
 救いようのない気持ちのまま、早々にそこを後にした。



自生地につけられた重機のための道

斜面には伐採のための重機が
       

 気を取り直し、カタクリの自生地よりもずっと標高の低い場所へ向かってみた。そこは別の春の植物たちが花をつけ始めた小さな花園。
 人知れずアズマイチゲやヒナスミレが花を開き始めていた。林床の春の花たちは小さく目立たないが、一度目に入れば一瞬にしてたくさんの花が見えてくる。だから気がつかなければ平気だが、気がついてしまうと足の踏み場に困ったという事態に陥ることにもなる。
 なるべく咲いた花を踏みつけないようにしながら、もっと珍しいものがないかと、注意深く、ゆっくりと歩みを進める。だが、1歩足を出すと別のものが見えてくるから、いつまでたっても大した距離を移動することはない。
 じわじわと進んでいくうちに眼はどんどんと林床のミクロのものに順応してきた。アリの姿さえ認識できるようになっている。
 すると、突然それは目の前に現れた。
 大きな花をつけた一塊のカタクリ!
 ミクロの眼となった目に飛び込んできたカタクリの花は、あまりに大きかった。
 群落というわけではなく、小さくまとまって6つの花が咲いている。葉は重なるようにしてあって、まるで一株から6つの花が出ているようだ。一つの球根が分球して、6つの花を咲かせたのだろう。見事な株である。
 だが、カタクリモードの眼となって周囲を見回してみたが、カタクリはその一塊だけだった。周りに種が運ばれて増えたようなものは全く見当たらない。種子が作られないのか、種子を運ぶアリがいないのか…?
 それでも、踏みにじられてしまったカタクリの自生地を見てきた目には、それは大きな救いだった。こんなはぐれ者のようなカタクリがまだどこかにあるかもしれない。そして、そんなところからまた、新しい自生地として拡大していく可能性が残されている。
 榛名山の野生のカタクリの力を信じたいものだ。

 





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