2023年11月
樹液酒場のスズメバチたち


オオスズメバチ 女王

 
キイロスズメバチ 女王

全く怖くない冬の夜のスズメバチたち


 
 すっかり冷え込む日が続くようになった11月の中旬。つい数週間前まで夏日だとか言っていたのに、急に冬がやってきたような気配が雑木林にもあった。
 それでも昼間、木漏れ日が差し込むようなときには、スズメバチの仲間やら、タテハチョウの仲間やら、名前もわからないハエたちが樹液にやってきて、あいかわらず樹液酒場は盛況である。まだまだ今年の営業は続きそうだ。
 さて、夜は…?
 気温が一桁まで下がるようになったある晩、夜の樹液酒場をのぞいてみた。
 たくさんいたフクラスズメたちの数はずいぶんと減った。代わりにもっと小さなヤガの仲間がちらほらと増えてきたようだ。ノコメトガリキリガなどだ。そして、スズメバチたち。
 だが、そのスズメバチたちの様子は昼間とはずいぶんと違っていた。昼間、樹液の周りを飛び回っていた姿ではなく、凍り付いてしまったかのように身じろぎひとつしない。樹液の場所にしがみついたままだ。ボーベリア菌に侵された昆虫たちが何かにしがみついたまま死んでいることがあるけれど、しばらくすればこのスズメバチたちも白くなっていってしまうのではないかとさえ思えた。寒さで動けないのかもしれない。
 とはいえ、相手はスズメバチだ。キイロスズメバチ、コガタスズメバチ、そしてオオスズメバチもいる。もしかして、動かないふりをしていているだけで、いざとなれば羽音をたてて飛び立ってくるかもしれない。しばらくの間、少し離れたところから様子を見る。
 …しかし、やはり動くものは蛾だけだった。
 それでは、と思って普段近寄れない距離からスズメバチたちを眺めてみた。30cmも離れていないところにあの恐ろしいオオスズメバチの眼がある。もしかして、本当に死んでるの…?
 あまりに動かないので、はぁ〜と息を吹きかけてみた。すると、触角が微かに動き、まだ死んでいません、とでもいうような微かな反応があった。昆虫たちは体温が下がると体が動かせなくなるというから、スズメバチたちは動きたくても動けない状態にいるのかもしれない。このままそこで死んでしまうのだろうか。

 翌朝、スズメバチたちの様子を見てみた。朝日のあたった幹の東側では早くもスズメバチたちが飛び回っている。そして、あの凍りついたようなスズメバチたちは…。
 日光が当たっている所にいたものはすでにいなかった。体が自由になって飛び立っていったのか。まだ陽の当らない西側にいたものは、まだそのままの姿でそこにいた。微かに動いているから、もう少しすれば体温が上がって活動できるようになるのかもしれない。
 そして、気温が上がってきた頃になると幹にとまったままのスズメバチはすっかりいなくなり、いつもの活気に満ちた昼間の樹液酒場となっていた。スズメバチたちはそのまま凍死してしまうわけではなかったのだ。
 それにしても、樹液の上にとまったままで体を固まらせて一晩を過ごすとは…。 強者・スズメバチとはいえ、動けない状態で姿をさらしたまま、というのはあまりに無防備に思える。冬眠のときには姿を隠して過酷な時間をやり過ごすというから、気温の下がる夜間もどこかへ身を隠しそうなものだと思うのだが。実際に昼間にやってきているスズメバチの数は夜の幹で固まっていたものより多いから、そういう個体もいるに違いない。樹液酒場で一晩を過ごした彼女らは樹液に熱中するあまり気温の低下にも気がつかず、気がついたときにはすでに体が動かなくなってしまっていた、というジョークのような失態をさらしたのか。それとも、一晩くらいの仮死状態は場所を選ばないという強気の姿勢なのか。こんな様子で、陽もあたらず、昼間の温度が10℃を越えないような日が続いてしまったら、そのままの姿で越冬に突入ということにはなりはしないか。仮死状態とはいえ、コナラの幹にしがみついたまま風雪・寒風に耐えるのはさぞ大変なことだろう、と要らぬ心配をしてしまうのである。





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