2023年1月
チバニアン


チバニアンの国際標準模式層断面
境い目となる白尾火山灰層の下面にゴールデンスパイクが打ち込まれている


 チバニアンを見てきた。いや、正確に記すならば、チバニアンとカラブリアンの境目を示す模式露頭を見てきた。
 チバニアンというのは地質年代の中の新生代第四紀の中の一つの時代である。人類の時代である第四紀はさらに更新世と完新世に分けられ、今現在は地質時代的には完新世という時代になる。その前の時代が更新世だ。更新世はさらに細分され、古い順にジュラシアン、カラブリアン、チバニアン、そしてまだ名前のついていない後期更新世の4つに区分されている。
 「チバニアン」という名前が正式に採用されたのは2020年、つい最近のこと。国際地質科学連合 (IUGS)が「国際標準模式層断面及び地点(Global Boundary Stratotype Section and Point, GSSP)」として千葉県市川市田淵の養老川左岸の露頭を選定したことから命名された。そこは日本国内で唯一、国際的な地質時代の境界の模式地として選ばれた露頭なのだ。
 チバニアンとその前の時代のカラブリアンを分けるカギは地磁気の逆転なのだとか。現在の地球では北極にS極・南極にN極があるが、過去にはこれが逆転していたことが何度もあったということが分かっている。チバニアンとカラブリアンの境界は「松山−ブリュンヌ逆転」と呼ばれる最後の(最新の)地磁気の逆転があったころになる。チバニアンとカラブリアンの境界の地層の中にはこの記録が残されているのだ。
 ところで、地層中に記録された地磁気をどう読み取るのか…? 露頭のすぐ近くにあるチバニアンのビジターセンターがその謎を教えてくれた。鍵となるのは堆積物中に含まれている磁鉄鉱(マグネタイト)にあった。磁鉄鉱というのは岩石の中に入っている鉱物で、珍しいものではない。磁鉄鉱というと何やら難しそうだが、公園やグランドの砂場で砂の中に磁石を入れればくっついてくるあの砂鉄である。
 化学組成はFe3O4。酸化した鉄なのだが、磁性を持っているという特徴がある。だから、この磁鉄鉱の粒子がゆっくりと海中に沈んでいけば、沈みながら磁鉄鉱のN極は地球上のS極の方向を向き、N極は地球上S極の方向を向いて海底に着地することになる。小さなたくさんの磁石が堆積物として海底にたまっていくというわけだ。
 このとき必要なのは、流れがあるような場所では磁鉄鉱の向きはそろわないだろうから、ゆっくりと静かに沈んで行くということ。砂と泥が交互に積み重なったような地層は、流れがあるような場所で堆積してできることが多いので、この条件には適さない。細かい泥のような粒子が何の模様も残さず堆積しているようなものがこの条件を満たしていることになる。このチバニアンとカラブリアンの境界を示す露頭は、地磁気の逆転が起こったころ、そんな堆積環境にあった地層だったのだ。
 地磁気が逆転していたカラブリアンという時代からチバニアンへと変わったのはおよそ77万4千年前。「チバニアン」は77万4千年前から12万9千年前までの期間を示す名前として世界中で通用する名前と認められた。
 
 このチバニアンの時代、ヒトの先祖はすでに地球上に生きていた。人類の進化については様々な考え方があるが、ホモサピエンスは少なくとも25万年前には存在していたとされ、さらに古くはネアンデルタール人も40万年前には地球上にいたとされている。そのホモサピエンスとネアンデルタール人は66〜47万年前に別の種として別れたという説があるから、まさにこのチバニアンの時代はホモサピエンスが活動を始めた時代なのだ。
 そして、身近なところにもチバニアンはあった。
 産業技術総合研究所・地質調査総合センターが平成24年に出した5万分の1地質図幅「榛名山」の解説書(下司信夫・竹内圭史)を見ると、榛名山が活動を始めたのは約50万年前とされる。古期榛名火山と呼ばれる最初の榛名火山は、77万年前以前に形成された菅峰火山岩類や秋間層・相間川層・ガラメキ層などと命名されている地層の上にでき上っているのだとか。榛名山は地磁気が逆転していたカラブリアンの頃に作られた基盤の上に、チバニアンになってから成長していったことになる。まだカルデラもできていない最初の榛名山の姿は、おそらく富士山のような端正な成層火山だったのではないだろうか。
 また、榛名山の西麓にあたる場所には「萩生湖成層」と名付けられた地層がある。名前のとおり湖の底に堆積物がたまってできた地層と考えられているものだ。倉渕温泉の近くにその模式露頭があって、国道からもそれとなく見ることができる
 榛名山麓の崖では大小さまざまな火山岩が土砂といっしょに流れ下ってできた火山扇状地の堆積物を見ることがよくあるが、この露頭はそれとはずいぶん異なった様相を呈していて、いかにも地層というような、ほぼ水平に見えるきれいな縞模様が見えている。この地層の中には49〜43万年前という年代測定がされている広域テフラ(火山灰)と同じものが含まれていると報告されているので、この堆積岩もやはりチバニアンの時代に形成されたものだ。

 
しみ出した水が凍りついた萩生湖成層の露頭

 房総半島のあたりがまだ深海底だったチバニアンの時代、榛名山のあたりでは活発な火山活動が始まり、富士山のような立派な成層火山が作られ、その西の縁では大きな湖が水を湛えていた…。あるいは、同じような時期に榛名山の北側の中之条町あたりにも、東方の沼田市のあたりにも大きな湖が存在していたことが堆積物から示唆されている。
 そんなチバニアンの時代の榛名山周辺を想像すると、スケールは小さいが、なんとなく富士山と、その周りにできた河口湖や山中湖や本栖湖のようではないか…!?
 あと50万年もすれば、富士山もカルデラやカルデラ湖を持った複雑な形となって、今の姿とは全く違うものになっていることだろう。地球上のモノたちは常に姿を変え、時とともにその変化は大きなものに変わっていくものなのだ。
 そのころはもう完新世の次の時代となっているのかもしれない。その新しい時代を定義するのはホモサピエンスではないだろうけれども。


 





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