2022年6月
ジクホコリの隠れ家


イチゴの葉柄についたジクホコリ Diachea leucopodia  の子実体


 庭の一角に植えられているイチゴはそろそろ収穫の時期が終わりつつあった。イチゴといってもスーパーなどで売られているような立派なものではなく、果実は野生のクマイチゴやニガイチゴよりも少し大きいくらいのもので、野イチゴと大差なく、口に入れると甘さよりも酸っぱさが際立つようなものである。野生種であるモミジイチゴの黄色い果実の方がはるかに甘くて美味しいくらいだ。それでも、連れ合いはこの畑のイチゴが実るようになると、毎日毎日その日に熟したものを集めては冷凍庫に入れ、しっかりため込んだ後でジャムにしているから、それなりに存在価値はあるのである。
 その野性味あふれるイチゴの収穫≠していると、葉の表面や葉柄にごま塩をかけたようなものを見つけた。遠目ではイチゴの葉に付いた何かの病気か、カビのように見える。今年はたくさんの果実が実っていたのに、ここから病気が広がっていってしまうのだろうか…。
 だが、顔を近づけてみると、小さなピンのようなものがたくさん立ち並んでいるようなものが見えた。これは… 変形菌だ!
 ごま塩のように見えたのは、アメーバのような状態だった変形菌が、胞子を飛ばすために小さなキノコのような子実体と呼ばれる形に変化しているものだったのだ。大きさはわずか1〜2mmといったところで、白い柄の先に黒いマッチ棒の先のようなものが付いている。この小さな白と黒がごま塩のように見えたのである。これがイチゴの葉や葉柄にびっしりと付いていた。
 変形菌がアメーバのような変形体からキノコのような子実体に変わるのは、光の刺激や飢餓や乾燥などの刺激があったときであるという。変形菌にとって好ましくない環境になったときがそのタイミングなのだろう。まさにこの日、ちょうど関東地方が梅雨明けしたようだ、というアナウンスがあった。変形菌の好きな湿気たっぷりの環境から、本格的な夏の季節に変わった、ということを人間も変形菌も一緒に認識したのかもしれない。
 ルーペで覗いて見ると、やはり白い柄に黒い胞子嚢がついている。変形菌は既知種としては900種類ほど確認されているというが、さて、この変形菌の正体は…?
 
 その翌日。
 あらためて、問題の変形菌を見てみた。拡大せずに眺めただけではカビか菌に冒されて枯れた葉のようにしか見えないのに、ミクロの世界では幻想的ともいえる景色に変わる。
 その様子はどうも前日と少し違うようだ。実体顕微鏡で拡大して見ると、黒かった胞子嚢が青みがかって見える。白い柄の先についた胞子嚢は金属のような青。そして、あまり青くない部分もあって、縞模様のようになっているものがあった。前日の子実体はまだ完成していなくて、成長段階だったのだろう。これが成熟した子実体の姿のようだ。
 これは「ジクホコリ Diachea leucopodia 」か。
 正体の見当がついたところで、あらためてイチゴ畑へ行ってみた。すると、前日は1カ所にしかなかった子実体が、あっちにも、こっちにもと、イチゴの株のいたるところに出現しているではないか。それまで、イチゴの株の下の方で見えないようにアメーバ生活をしていた彼らが、梅雨明けを待って一斉に飛び出してきたようだ。前日の子実体はその先駆けだったのだろう。どうやらイチゴの畑はジクホコリの隠れ家でもあったらしい。

 



まだ未熟な子実体

完熟(というのか?)の子実体







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