2022年4月
カエルたちのオアシス


榛名山麓に残る今はもう使われなくなってしまった畜舎の跡


 榛名山の西麓には、戦後の開拓で満州や日本各地から移住してきた家が点在している。なかなか想像もできないが、戦後の榛名山麓の開拓は大変な重労働だったことだろう。だが、開拓の人達も、一人去り、二人去り…と、毎年のように主を失った家が増えてきている。住む人のない家は少しずつ朽ち、時と共に廃墟となっていくしかない。

 そんな数年前に空き家となってしまったある家の近くを通りかかったとき、妙に可愛らしい声が聞こえてきた。ヒトの声ではない。聞き覚えのあるそれは産卵期のアズマヒキガエルの声だ。
 アズマヒキガエルは日本に生息しているカエルの中では大きい方で、食用ガエルとして知られるウシガエルにこそ負けるが、とても機敏とはいえない動きと、見る人によってはグロテスクにも見えるその姿からは、妙な貫禄が感じられなくもない。
 いったいどこから聞こえてくるのだろう。このあたりにオタマジャクシが泳げるような池はないはず…。
 カエルの声が聞こえてきた方向にあったのは、ブロックを積み上げて作られた、畜舎だったらしいものだった。昔は屋根があったのかもしれないが、今はそんなものもなく、風雨にさらされるままとなっている。
 近づいてみると、やはり鳴き声の発信源はここらしかった。
 覗き込んでみると、小部屋のようにブロックで囲まれたスペースの底には雨水がたまり、人工の池のようになっていた。昔はここに馬か牛か豚が飼われていたのだろう。今はビニールやら、廃材やら、廃屋にありがちなゴミが一緒に水の中に浸かっている。こんなブロック積みの家畜の小部屋がいくつもつながって、遺跡のようにそこにあるのだった。
 よく見てみると、やはり水の中にカエルの姿がある。それも1頭だけではない。複数のカエルがゴミの中に隠れるようにしていた。
 アズマヒキガエルは繁殖期以外は水辺から離れた場所で生活している。両生類なので乾燥に強いというわけではないのだろうが、普段は、昼間は物陰に隠れ、陽の当たらない夜になってからノソノソと活動しているはずだ。それが1年に一度、繁殖の季節になったとき、産卵のために水辺に集まってくる。その水辺がなんと、この廃畜舎の底にたまった水たまりだったとは…!
 しばらくそこで見ていると、少し離れたところにある別の小部屋から鳴き声が始まった。いくつも連なってある畜舎の部屋のそれぞれでカエル達が集っているのだろう。今、カエルの姿となっている彼らもこの廃畜舎でオタマジャクシの時代を過ごしたのだろうか。
 アズマヒキガエルの声に混じって、別のカエルの声も聞こえてきた。テンポの良い甲高い声はアマガエル。ヤマアカガエルらしい声もする。産卵にやってきているのはアズマヒキガエルだけではないようだ。
 ここの住人だったNさんが亡くなったのは2018年だったが、我々がこの地に越して来たときにはすでにこの畜舎は使われていなかったから、少なくとも20年ほどは家畜不在だったことになる。
 
 数日後、再びその廃畜舎を訪れると、鳴き声の主役はヤマアカガエルたちに変わっていた。伴奏のようにアマガエルの声もときどき聞こえてきた。
 ここは、人の眼には殺伐とした水辺と見えるけれど、田んぼという水辺が消滅してしまったこの地では、カエル達にとってはかろうじて残された砂漠の中のオアシスのような存在なのかもしれない。

 




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