2022年2月
ト ラ ツ グ ミ


トラツグミ  Zoothera aurea          2022.2.19. 榛名山西麓


  「鵺の鳴く夜は恐ろしい…」
 「ヌエ」で真っ先に思い出すのはこれである。
 1981年の横溝正史原作の角川映画「悪霊島」のテレビCMで繰り返し流されたコピーは、おどろおどろしい映像とともに、今もすっかりと頭の中に刷り込まれてしまったままとなっている。
 不気味な「鵺」というものがどんなものなのか知らぬまま、ただ恐ろし気なものとして記憶されてきたのだが、調べてみると、鎌倉時代に作られた「平家物語」の中にそのルーツがあるらしい。物語の中で、天皇のいる御所のあたりに、顔はサル、胴体はタヌキ、手足はトラ、尾はヘビ、そして声は鵺、という怪物が登場するのだとか。この時点では、この怪物に「鵺」という名前はついていないのだが、のちに、これが「鵺」という怪物?・妖怪?に変わっていくようだ。

 現在では、鵺といえばトラツグミである。平家物語に登場する怪物の声はトラツグミの声だったわけで、夜行性のトラツグミが鳴く金属音のような高音の声は、夜の静けさと相まって、この世のものなのかどうか疑いたくなるような、異質な響きを持っているものである。
 以前、夜明けの彗星を撮影するために榛名山のカルデラの中に広がる沼ノ原へ出かけたとき、このトラツグミの不思議な声に初めて遭遇した。シーンとした暗闇の中で聞いたその声は、なにか異次元の世界に踏み込んでしまったかのような錯覚を呼び起こすのに十分な力を持っていた。まだ人間の知らないものがたくさんあった時代に、電気など無い暗闇でこんな不思議な音を聴いたら、妖怪・鵺を想像するのはそう難しいことではなっただろう。
 
 その鵺、いやトラツグミがひょっこりと、大きくなった雑木を切り倒して明るくなった道路沿いの昼間の雑木林に現れた。
 ツグミよりも一回り大きい。…というよりツグミの仲間にしてはやけに大きい。あるいは、キジバトと見間違うくらいの大きさといってもいいかもしれない。これがまだ伐採されて雑然としたままの林床をひょこひょこと歩いていたのである。数歩歩いてはピタッと立ち止まったり、落葉をつついたり、その行動はやはりツグミだった。
 もっとよく見ようと思って静かに近づいていくと、飛び立つわけでもなく、ある程度の距離をとって、先の方へトコトコと歩いて行く。鳥なのに飛ぶよりも歩く方が得意のようだ。その様子は恐ろしそうな鵺のイメージとはまったくかけ離れた、ちょっと運動神経の鈍そうでマヌケそうな鳥である。落葉の敷き詰められたような林床にじっとしていると、黄色みがかった地に黒い斑点がついたトラ模様は、保護色となってその存在を消し去ってしまうから、飛んで目立つよりも、見つからないように歩き回ることを選んでいるのかもしれない。
 
 トラツグミの姿を見かけたのは伐採作業のあった日から数日間だけだった。移動していった伐採現場を追いかけて、移動していったのだろうか。
 夜、天体写真を撮影しながら耳を澄ませるが、聞こえてくるのはフクロウの声だけで、トラツグミのものらしいものはなかった。
 どうやら、トラツグミのあの特徴的な高音の鳴き声は、さえずりのようなのだ。繁殖期は春から夏にかけてというから、厳冬期の2月にはまだ聞こえるはずのない声ということになる。
 もう少し季節が進めば、夜の闇にトラツグミの金属音のようなさえずりが聞こえるようになるだろうか。
 あの姿を見てしまったので、もう鵺の鳴く夜も怖くない。
 





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