2022年10月
キマダラカメムシ


 9月の半ば、埼玉県本庄市の職場で見慣れないカメムシを見つけた。そろそろ勤務時間が終わろうかという時間になり、窓閉めに廊下を歩いていたときのこと。蛍光灯の光に惑わされて飛んできたらしいそれは、窓にくっついていてやけに大きく見えた。大きなカメムシでは、サシガメの仲間のオオトビサシガメやヘリカメムシの仲間のオオヘリカメムシといったものがいるが、カメムシらしい形をした「カメムシ科」のカメムシにしては格段に大きい。
 全体は茶色で、背面にはベージュ色の小さな点がちりばめられている。一瞬見ただけではクサギカメムシにちょっと似ているが、背面の模様は明らかに別ものだ。何といっても大きいのだ!
 キマダラカメムシ - Erthesina fullo -
 名前が判明するのにそれほどの時間を要しなかった。地味な種はなかなか同定できないが、際立った特徴のあるものは案外簡単に種名が決まることがよくある。
 もともと台湾や東南アジアに生息している外来種とある。日本での最初の発見は1770年代に長崎の出島での記録が残っているのだとか。鎖国中の日本に外来種がやってきたのが出島というのは、いかにもヒトが連れてきたのだろうということを連想させてくれる。新種として記載されたのは発見からしばらく後の1783年。学名には発見者であり記載者のツュンベリー(Thunberg)の名前が残されている。本来の生息地ではなく、外来種だったかもしれない長崎が模式標本の採集場所となっているとすれば、なにか妙な話だが、このころの日本にやってきて、目新しい動植物を採集しては、片っ端から名前をつけていったシーボルトらの時代にはこんなことも珍しくなかったのかもしれない。それにしても、生物を記載して名前をつけるという国際的なシステムが伝わっていなかった当時の日本は、外国からやってきた博物学者たちにとって、そこにいる生物たちが無限にある宝の山のように見えたに違いない。キマダラカメムシもその中の一つだったのだろう。
 奇妙なのはその後、長い間に渡って日本ではキマダラカメムシの記録が無かったということ。
 再発見≠ウれたのは最初に見つかってから150年以上経過した後の1934年、やはり長崎でのことという。その間、細々とかの地で命を繋いでいたのか、それともまたどこからかやって来たのか…?
 そして、21世紀となって、関東地方にも姿を現した。
 いまや東京都内の市街地の公園には普通にいるカメムシとなっているのだとか。わざわざ都会の公園にまで行って外来種探しなどしたくないが、何かの用事で出かけたときには見つけてみてもいいかもしれない。
 

キマダラカメムシ Erthesina fullo (Thunberg,1783)
2022.9.14. 埼玉県本庄市にて採集

 少し時間が進み、10月になってからのこと。
 「これは何…?」と手の中に入れてS君がこのカメムシを持ってきた。カメムシといえば悪臭と思っているヒトが多い中、カメムシを手で持ってくるとはなかなかの強者…? 
 だが、あのカメムシ臭が手についているのかと思いきや、まったくそんな気配はない。手の中に捉えられて、あの能力を持つカメムシが最後の手段ともいえるカメムシ臭を放出しないなんてことはあり得ないだろうから、このカメムシはカメムシガス≠放出する能力を持たないのかもしれない。試しにS君からカメムシを受け取って、両手の中に入れて振ってみたが、やはり臭いはまったく出てこなかった。それとも、ここへ連れてこられる前にガスを使い果たしていたのか…?
 S君の話では、やはりこれも窓にくっついていたとのこと。本庄市ではこれで2頭目。S君は何日か前にも見たことがあるというから通算確認は3頭目か。
 現在の職場は10年目となったが、これまでこんなカメムシは見たことがなかった。それが今年になって3度も建物の中に入っていたのだ。本庄市内でも普通の存在になってきたのかもしれない。
 キマダラカメムシ前線≠ヘ長崎から北上してきたのか、それとも東京の方から同心円状に拡がっていきているのか…?
 外来種の蝶であるアカボシゴマダラが1990年代の終わり頃、突如、埼玉に現れてから、関東平野に拡散していってしまったのは20年ほどのわずかな時間だった。それは温暖化に伴って北上してきたというよりも、何者かによる放蝶だったと考えられている。群馬県高崎市あたりで普通にいるようになったという話を聞いた翌年には榛名山麓で初確認したものだ。
 本庄市から榛名山の南麓まではおよそ30kmといったところ。キマダラカメムシが東京あたりから放射状に広がっているとすれば、来年にも榛名山にもやって来るかもしれない。
 それとも、知らないうちにもうやってきているのだろうか。榛名山麓で彼らの姿を見つけてしまう日もそう遠くないかもしれない。
 
  


2022年11月18日 追記
 2022年11月18日、埼玉県本庄市の本庄市民文化会館のケヤキの幹、本庄高校のケヤキの幹にそれぞれ1頭のキマダラカメムシを確認。つかまえて手の中に入れて振ってみたら、カメムシ臭を出しました。
 本庄市内にはやはりたくさんいるようです。
 






TOPへ戻る

扉へ戻る