2021年9月
もうひとつの北行・絶滅 ウラナミシジミ


ウラナミシジミ  Lampides boeticus
2021.9.22.  榛名山西麓


 秋の日だまりにたくさんのコセンダングサが黄色い花をつけて並んでいる。
 やがてこの黄色い小さな花はやっかいなひっつきムシ≠ノ変わるのだが、それはもう少し季節が進んでからのこと。今はのどかな秋の風景の一つである。
 そこへ遠目からでもシジミチョウの仲間であることがわかる小さな蝶がやってきた。近づいて見てみると、後翅の突端に小さな細長い突起がついている。尾状突起と呼ばれるものである。シジミチョウの中では樹上性のゼフィルスと呼ばれる一群の多くや、ウラナミシジミやツバメシジミなどがこの尾状突起を持っている。
 コセンダングサにやってきたのはウラナミシジミだった。名前の通り、翅の裏側には薄茶色と白の波模様がある。尾状突起のすぐ近くはそこだけがオレンジ色になっていて、そこに2つの黒い点紋がある。翅を閉じた状態で横からこの様子を見ると、2つの尾状突起が後方へ突き出し、その根元に2つの点紋が位置するようになる。見ようによっては、黒い点紋が眼、尾状突起が触角のようにも見えなくもない。この様子から、この尾状突起と黒い点紋は外敵から頭部の位置を欺くためのもの、という考え方もあるが、それほど優秀な偽装とは思えない。
 榛名山麓でウラナミシジミを見かけるのは秋である。春や夏に見ることはまずない。いつもセンダングサの仲間の花で見かけるような気がしているが、それはセンダングサの花々が咲くころにやってくるからなのだろう。
 ウラナミシジミも旅する蝶として知られている。それもアサギマダラのように繁殖を伴うような旅ではなく、ウスバキトンボのような行ける所まで行ってそこで死に絶えてしまうような放浪の旅である。
 ウラナミシジミの主な生息域は熱帯・亜熱帯とあるが、分布は広い。世界各地にその姿を現しているコスモポタリンなのだ。越冬できる場所で冬を生き延びたものたちが、春になって、あちこちへ1年の間に何代もの世代を重ねながら飛散していくという。
 関東では房総半島や三浦半島が越冬できる場所として知られている。生息地では1年間に6〜7世代に渡って発生を繰り返すのだとか。
 榛名山麓までたどり着いたウラナミシジミは、どこをスタートとして、何世代をかけてたどり着いたのだろう。
 越冬できる条件についてはいくつかの研究があるが、冬の間に霜が降りるような低温では、生き残るのは難しいようである。ここ榛名山麓では真冬になると−10℃を割り込むような低温の日もある。食草のマメ科の植物はまだたくさんあるから、まだ世代は繰り返せるかもしれないが、もう少し秋が深まると厳しい現実が待っていそうである。
 生死を分ける越冬について、大抵の昆虫は最も過酷な季節を卵で乗り切るのか、サナギで乗り切るのか、それとも成虫で乗り切るのか、ということが決まっている。ところが、どうもこのウラナミシジミは、成虫でも、幼虫でも、卵でも、サナギでも、と、特に決まった形を持っていないらしい。取りあえず行ける所まで行こう!というようにしか見えない行動パターンは、たどり着いた先でも成長できる限りは成長していこう、というまっすぐな生き方で、楽観的といったらいいのか、前向きといったらいいのか、ひたすら前進あるのみのようにみえる。
 地球上で生きている生物たちは、自分たちの種の生息範囲を拡大することに貪欲だ。
 植物がたくさんの種子をまき散らして生息範囲を拡大しようとするように、生物はそんな性質を本能的に持っているのかもしれない。アフリカからスタートした人類も、そんな本能的な何かに突き動かされて、グレートジャニー≠成し遂げたのだろうか。
 
 2021年3月、埼玉でウラナミシジミの越冬個体が見つかったというブログ(小畔川日記)の記事を見つけた。埼玉でウラナミシジミが越冬したという記録は、これまでたぶんない。
 毎年毎年、ひたむきに繰り返される、一見まったく意味もないように見える北行・絶滅のシナリオは地球温暖化と共に実は少しずつ書き換えられているのかもしれない。

 





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