2021年9月 謎の卵塊 |
ゼリー状の物質に包まれた卵塊 2021.9.5. 榛名山麓 |
榛名山の南西麓の沢筋の水たまりにツチガエルらしいカエルを見つけたのは9月上旬のことだった。それも1頭だけではなく、複数の茶色いカエルが小さな水たまりの周りに点々といて、近づくと一斉に浅い水の中へ飛び込んでいった。しかし、カエル達はさらにそこから身を隠すような行動を起こすことはなく、飛び込んだ浅い水たまりの中で、じっと異変≠ェ過ぎ去るのを待っているだけのようだった。 ツチガエルは背中にイボのような突起をいくつも持っていて、通称は「イボガエル」。似たものに南方系のヌマガエルというのがいるのだが、東日本には自然分布はしていないとのことで、こちらは実際に見たことはない。それでも、最近は移入種として関東でも見ることがあるというから、よく見極めなければならない。 幸い数頭がそれほど遠くないところでじっとしていたので、1頭を捕まえて腹側を見てみた。ヌマガエルならば白、ツチガエルならば灰色っぽい色調のはずだ。 …腹は灰色。そして黒い小さな斑点がいくつもある。やはりツチガエルだ。 ツチガエルは北海道を除く日本全国に分布しているというが、水に依存する両生類が激減している今、ツチガエルもやはり数を減らしているという。環境省のレッドリストではリストアップされていないが、群馬県では絶滅危惧U類扱いである。 カエル達が飛び出していった岩の上にしゃがみこんで、水の中でじっとしているカエル達を見ていると、足元のコケの生えた岩の面にプヨプヨしたゼリー状の卵塊のようなものがくっついているのに気が付いた。水面から20cmくらい上の所。水面から垂直に立ち上がった面についているから、そこから重力に引かれて下に落ちれば水の中である。大きさは直径15〜20mmくらいで、半球状あるいは饅頭型の形をしている。そして、眼を近づけて覗いて見れば、その透明なゼリー状の中には小さな白い粒々がいくつも浮かんでいる。これは卵塊に間違いないだろう。 たくさんのツチガエルと透明なゼリー状の卵塊。ツチガエルが産卵のためにこの水辺に集って、ここに卵を産み付けた…? しかし、9月である。カエルの産卵といえば、早春から夏というイメージだ。卵からオタマジャクシになって、夏には小さいながら一応カエルの姿になるというのが一般的なカエルの育ち方だろう。これからオタマジャクシになって、冬が来る前にカエルの姿になるにはちょっと時間が足りなくはないだろうか。そして、水面よりも上にあるという卵塊の位置も気になる。モリアオガエルやシュレーゲルアオガエルのように水中ではないところに卵塊をつくるカエルがいるので、もしかしたらツチガエルもそんなタイプのカエルなのだろうか…? いくつかの?が頭を巡ったが、状況的にはやはりツチガエルの卵塊、というのが一番あり得そうな答だった。 帰宅後、調べてみる。 すると、一つの疑問は解消した。ツチガエルの産卵は5〜9月とある。しかも、一部は幼生のままで越冬すると。9月に榛名山山麓で産卵したとすればこれはオタマジャクシの姿で越冬するものたちなのだろう。その場所は冬の間も雪の下になったとしても水は凍らずに残るのかもれしない。 だが、産卵する場所については、水深があまり深くない場所で、水草や水中の植物などの突起物に産み付けるというのが一般的なようだ。モリアオガエルのように水面上にあった卵塊からオタマジャクシが水中に落ちていくというような記述はどこにも見つけることはできなかった。
さらに2週間後。 卵塊はあいかわらず2つともそこにあった。遠目では変化は判らない。そして、水の中にはやはりオタマジャクシの姿はない。もしかして、水中の落葉の下にでも隠れているのかもしれないと思って、網であちこちすくってみたが、何もいなかった。越冬したツチガエルのオタマジャクシは体長8cmにもなるというから、そんな巨大オタマジャクシに育ててみたいと密かに思っていたのだが…。 1週間もかからずに孵化するというのに2週間経っても変化なし、というのは何か変だ。 卵塊に顔を近づけて、もう一度よく見てみる。すると… 発見から2週間が経過している最初に見つけた卵塊をよく見れば、透明なゼリー状の中で、小さな白い粒のようだったものが細長く延びたような形になっている。これはオタマジャクシに成長中…!? …違った。接近して撮影した画像をモニター上で拡大して確認してみると、どう見てもオタマジャクシに成長しそうな姿のものではなかった。白い細長い体はヤスデのようにいくつもの体節に分かれている。脚のようなものも見える。その頭部は朽木の中で見かける甲虫の幼虫の形でこれに似たようなものを見たような記憶がある。これはオタマジャクシなどではなく、節足動物だ。 もうすっかりオタマジャクシが出てくると思い込んでいたので、あまりの予想外の姿にしばらく思考が止まってしまった。イモムシを育てていて、サナギになって、いよいよ蛾が出てくると思っていたら、寄生蜂が出てきた… というのならありがちな事として、まだ判るが…。もしかして、カエルの卵塊に何者が寄生していて、それがカエルの卵を食って卵塊の中で成長している…!?? だが、そんな話は聞いたことがない。しかし、すっかりカエルの卵と思い込んでいた頭は、なかなかカエルの卵から離れることはできなかった。
昆虫らしい、ということになれば頼りになるのは「群馬県立ぐんま昆虫の森」である。写真を添付して、恐る恐る問い合わせてみると、すぐに回答が返って来た。さすが昆虫のスペシャリスト。 なんと、これはトビケラの仲間らしい。エグリトビケラか、ホタルトビケラの卵塊ではないだろうかとのこと。 トビケラといえば水中に産卵するものと思っていたが、こんなモリアオガエルのようなことをするのもいるのだ。それでも、幼虫は水中生活のようで、モリアオガエル同様にしばらくしてから水中に落ちていくというから、セキツイ動物、節足動物と種類が大きく異なっていても、同じような戦略をとっていることになる。 飛ぶための鳥の翼と昆虫の翅、水の中で都合よく泳ぐための魚の体形とクジラの体形、種類が異なり、体を作る部品は異なっても、うまく生きるために同じような形に変わっていったものは「収斂進化」と呼ばれる。モリアオガエルもこのトビケラも、ともに特殊な生き方ではあるけれど、それと似たところがありそうだ。 2週間、謎でありつづけた卵塊の正体は解けた。 しかし、あそこに集っていたツチガエル達はいったい何をしていたのだろうか。発見から3週間が経過した今もカエル達はまだそこに集っている。 |
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