2021年9月
ウスバキトンボ


ウスバキトンボ  Pantala flavescens   2021.8.30.  榛名山西麓



 山麓の野山を赤とんぼのようなトンボが陽の光を受けて無数に飛んでいる。畑の上にも、道路にも…。山麓の上空がトンボで埋め尽くされたようだ。
 トンボは何かにとまる様子はない。同じようなスピードで、行ったり来たりと飛び続けているのだ。陽が出ているうちは常に飛び続けているように見える。
 その中をクルマで走りすぎても、トンボは風のようにクルマを避けていく。それは、風で飛んできた雪片の中をクルマで走っているようなもので、フロントガラスに当たることなく、風と共に後方へと流れていくのだった。トンボは風の流れの中にいるようだ。
 トンボの名前は「ウスバキトンボ」という。
 アカトンボに似ているがアキアカネやナツアカネなどのアカネトンボの仲間ではない。
 アキアカネは暑い夏の間、標高の高いところで避暑をするので、夏には標高1000mを越える榛名湖周辺ではよく見かけるのだが、山麓で見かけるのはそれほど多くない。8月になって山麓で見かけるアカトンボのようなトンボはたいていウスバキトンボだろう。


陽が当たらず体温が上がらないときにはじっとしている姿を見かける

 ウスバキトンボは不思議なトンボだ。
 夏のある日、気がつけば群れをなして空を占領するようにして飛んでいる。この華奢な体のトンボはどうやら南の方からやって来るようなのだ。世界の熱帯から温帯にかけて広く分布するというが、基本は暖かいところで繁殖するトンボで、日本では南西諸島や東南アジアなどの南の方で発生したものが、春から夏にかけて、季節の移ろいとともに世代を重ねて北上し、夏の終わりには勢力を北海道にまで広げるが、寒さとともに姿を消していくというのが通説となっている。暖かいところのトンボなので水温が4℃を下回るようになると幼虫は生きていくことができないのだとか。気温の上昇とともに北上してきても、結局は冬を越すことができずに、北上個体は子孫を残すことなく全滅していく。こんなことを凝りもせず毎年毎年繰り返している…、と。
 もちろん、ウスバキトンボという種が絶滅するわけではないので、北上せずに冬を越せる場所に滞在し続ける個体もいるはずである。
 似たような旅をするものとしてアサギマダラという蝶が有名だが、アサギマダラは北上した先でも、南下した先でも命を繋いでいる。ただひたすら北上し、行きついた先で死滅してしまうウスバキトンボとはずいぶんと行動の意味合いが違うようにみえる。
 一方、エコロジストでトンボ研究者の新井裕さんは、「アキアカネとウスバキトンボの調査報告書(最終報告)」(2018年特定非営利活動法人ノア)で、いくつかの状況証拠から、世代を重ねて北上するのではなく、南方から下層ジェット気流や台風や季節風などによって、絶えず運ばれてきているのではないか、という考え方を示している。
 南方からやって来ることには違いないが、風に飛ばされてやって来るとなるとウスバキトンボにとっては事故のようなものに近い。世代を重ねながら北上するのは確信的な行動だが、風に連れて来られているのだとすれば、彼らの意志とは言い難いものがある。
 毎年のように絶滅に向かって北上するように見えるウスバキトンボの飛行は彼らの意志とは関係なく繰り返されている絶滅のシナリオなのだろうか。
 いずれにしても、地球温暖化がすすんでいくとすれば、ムダ死とも思えるような北行・絶滅のパターンもいつか実を結ぶ日がくるかもしれない。
 

 





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