2021年4月
アミガサタケ


アミガサタケ  Morchella esculenta var. esculenta
2021.4.20.  榛名山西麓


 フキノトウが立ち上がって、フキが丸い葉を広げた畑の縁にちよっと奇抜な恰好をしたキノコが顔を出した。
 キノコというと、シイタケのような柄とその上に載った傘でできている姿がまず頭に浮かぶが、このキノコの「傘」にあたる部分は、傘というよりも塊状で、不規則な大きな穴がたくさん開いたような姿をしている。アミガサタケだ。
 その奇怪な姿に毒キノコを連想する人も多い。しかし、予想に反して、フランスをはじめとするヨーロッパでは高級食材として知られるキノコなのだ。フランス名は「モリーユ」、イギリスでは「モレル」、イタリアでは「モルケッタ」と呼ばれているのだとか。それだけたくさんの名前が付けられているということは、広く食べられているということなのだろう。
 アミガサタケのシーズンは春。桜の咲くころからゴールデンウィークの頃にかけて、土の上に顔を出す。榛名山麓へやって来る前にいた栃木県益子町の庭先にも、春の新緑の頃になるとたくさんのアミガサタケが生えてきたものだ。夏になるとヤブガラシやらカナムグラやらですっかりと覆われてしまう斜面に、ツクシとアミガサタケがいっしょになって生えている様子はのどかな春の風景として思い出される。
 後になって、アミガサタケが生えてくるのは桜の木の下が多い、ということを知ったのだが、今から思えば確かに益子の庭にもソメイヨシノがあったし、榛名山麓の庭にも大きくなったソメイヨシノが生えている。そういえば、榛名山麓の庭にアミガサタケが生えるようになったのは、ソメイヨシノがたくさんの花を咲かせるようになってからのことだったかもしれない。アミガサタケを採りたければ、桜の下を探せ…!?
 しかし、その高級食材のはずのアミガサタケなのだが、2011年の原発事故以降、野生キノコには特に放射性物質のセシウムが吸収されやすいという性質が指摘されるようになり、積極的に口に入れようとは思わない食材と変わってきてしまった。キノコはカリウムを吸収するのだが、土中に化学的な性質が似ているセシウムがあると、セシウムも吸収してしまうことが確認されている。カリウムとセシウムは原子番号も質量数もずいぶんと違うが、両者とも「元素の周期表」では一番左側にくるアルカリ金属と呼ばれる金属元素だ。
 チェルノブイリの事故以来、ヨーロッパを中心に放射性物質が生物に与える影響について研究が積み重ねられてきた。日本でも福島の原発事故後、たくさんのデータが蓄積されてきている。それらの研究を見てみると、確かにキノコにはセシウムが濃集しやすい傾向がみられる。
 キノコには、エネルギーを獲得する形態から、「腐生菌」と「菌根菌」という2つのタイプがある。腐生菌というのは落葉や枯れ木などの有機物を分解してエネルギーを獲得するタイプ。菌根菌は植物の根に共生して、植物からエネルギーをもらうものだ。
 キノコに吸収されるセシウムを研究したものの多くが、腐生菌よりも菌根菌の方がセシウムを蓄積しやすいということを指摘している。
 菌根菌は土中に菌糸を延ばし、そこからミネラルなどを吸収して植物へ渡し、その代わりに植物が光合成で生成した糖類をもらって自らのエネルギー源とする。キノコの菌糸が土中からミネラル分や重金属などを吸収するときは、カリウムもセシウムも区別することなく吸収するが、それが植物体へ移る際、植物の方はカリウムとセシウムを認識して、カリウムを選択的に吸収するため、キノコの方にセシウムが残り、濃縮されていくというのがその仕組みと考えられているのだとか。それでも、シャカシメジやマツタケなどは菌根菌なのだが、キノコ全体からすればセシウムの吸収量は少なく、腐生菌のチャナメムツタケなどは高い吸収量を示しているから、種類による差も無視はできない。
 アミガサタケはというと、条件により腐生菌として振る舞うこともあれば、菌根菌として振る舞うこともあるという、優柔不断というか、適応力があるというか、捉えどころがないキノコのようなのだ。菌根菌として振る舞うときには樹木だけではなく、アミガサタケの変種によってはタンポポやヒヨドリバナのような草本の根にも共生するというから、なんでもあり、といったところか。環境によっては、セシウムの濃度は高くなる可能性もあるのだろう。
 たくさん生えてくれば放射線量を測定してみたいところだが、測定するためには1kgくらいは必要とのこと。1カ所でこんなにたくさんのアミガサタケを集めるのはまず不可能だ。
 美味しそうな、そして、少し残念な春のキノコ。原発の事故が恨めしい。

 





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