2021年3月
バタフライ効果


榛名山麓のアサマイチモンジ      2015.6.23.  榛名山西麓にて


 ブラジルで一頭の蝶が羽ばたいて起こした小さな空気の流れは、テキサスで竜巻を引き起こす… かもしれない。
 アメリカの気象学者・エドワード・ローレンツは天気の状態変化の予測を計算する際、入力した数値のほんのわずかな違いによって、導き出されてくる結果に大きな違いが生まれてくることを経験したという。最初のほんのわずかな違いが時間と共に増幅され、思いもしなかったような結果が生じるというのである。突き詰めていくとカオス理論という難解な分野に行きついてしまうのだが、これはバタフライ効果(butterfly effect)と呼ばれることになった。

 職場にあった地方新聞にふと目に留まる記事を見つけた。
 日本のチョウで植物駆除 NZの原生林を侵食中 カミキリ虫の投入も検討
 ニュージーランドでは1870年代に持ち込まれた日本原産のスイカズラが外来種として繁殖し、現地の原生林に影響を与えているのだとか。その駆除のためにスイカズラを食草としているアサマイチモンジを2014年から北島・ワイカト地方で放蝶。その後も放蝶の地域を拡大しているとのこと。さらには、スイカズラを食草としているシラハタリンゴカミキリを追加投入することも検討中ともある。
 アサマイチモンジは榛名山麓にも生息している蝶である。イチモンジチョウによく似ているが、よく見れば翅にもわずかな斑紋の違いがあるし、複眼に毛があるか無いかの違いもある。一般的にはイチモンジチョウの方が広く分布しているようだが、アサマイチモンジばかり見るという話も聞いたりするから、生息地の偏りはあるのだろう。榛名山麓ではイチモンジチョウが多く、アサマイチモンジを見ることはやや少ないように思う。
 イチモンジチョウもアサマイチモンジも食草はスイカズラ・タニウツギ・ヤブウツギ・ニシキウツギなどであることが判っているが、家の周りにあるのは圧倒的にスイカズラが多い。たぶんこのあたりの山麓のアサマイチモンジやイチモンジチョウの幼虫はスイカズラを食べて育っているのだろう。
 スイカズラはツル性の植物で、花の季節になるとよい香りを発散し、遠くからでも微かな匂いが判るくらいになる。日本の林で見るかぎり決して悪い印象ではない。
 だが、それが外来種となると見方は一変するのだろう。それは、立場を変えてみればよくわかる。ツルが絡みつくことで、そこにあった在来種が駆逐されてしまっているとすれば、悪者でしかない。
 だが…、その外来種を駆逐するために、それを食草とする外来種を投入するとは。毒を以て毒を制す?
 生物によって生物を制するこんなやり方は「生物防除」とよばれる。
 だが、苦い例が日本にある。マングースだ。沖縄でハブやネズミを駆除する目的で1910年、インドから連れてこられた17頭のフイリマングースが沖縄に放たれたという。だが、期待したようにはハブを捕食することはなく、危険を冒さずに楽に捕食できるものが捕食され、強者のマングースは新たな地でヤンバルクイナを食い、アマミノクロウサギを食い、生態系の上位に居場所を獲得した。
 ハブを駆除する、という目的ははっきりしていたのだが、それ以外の要因はあまり考えていなかったようにしか思えない。これを実行してしまったのが動物学者であるというのが驚きだ。
 それにしても、スイカズラを駆除するために、それを食草とするアサマイチモンジを放つという発想は、やはり短絡的すぎるように思えてならない。
 食草がふんだんにある所へ、それを食べる蝶を放ったところで、蝶が増えるばかりのような気がするのだが…。多少は葉が食われて、少しは勢力が衰えるかも知れないが、それが原因で植物が枯れることはあまり考えられない。現に、家の周りにはスイカズラもイチモンジチョウもあまり変わらずそこにあるし、シラハタリンゴカミキリもいる。それよりも、「アサマイチモンジの羽ばたきはニュージーランドのシンボル・キーウィを絶滅に追いやる」のような、文字通りバタフライ効果%Iな、想像もできないようなところに影響が現れはしないか心配である。
 
 日本ではアカボシゴマダラというゴマダラチョウの一種が急速に分布域を拡大させている。もともとは日本では奄美大島とその周辺の島々あたりでしか見られない蝶だったのが、1995年、突如として関東に現れたのだ。温暖化≠フ影響ではない。特定はされていないようだが、何者かが放蝶したのではないだろうかと言われている。
 榛名山麓で最初に確認したのは2018年。今では関東にとどまらず、東北南部、東海地方にまで生息範囲を拡大する勢いで、高崎あたりではもう普通にいるとのこと。
 日本でもアカボシゴマダラのバタフライ効果≠フ心配がある。いや、これはもはやバタフライ効果などというカオス的な問題ではなく、沖縄のマングースのような因果関係が追跡できるようなより現実的な問題かもしれない。
 

 





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