2020年9月
ヒガンバナ


ヒガンバナ Lycoris radiata    2020.9.27.  榛名山西麓


 
 今年はどうしたわけか彼岸の季節となってもヒガンバナの花の姿を見かけないな… と思っていた。例年ならば、秋の彼岸がやって来たのを知らせるかのように、クルマを走らせれば、土手や田んぼの畔や道端に赤い妖艶とも見える花が立ち並んでいるのに、一向にその気配が感じられなかったのである。
 だが、彼岸が過ぎようとする頃、風景は一変した。あっちにも、こっちにも、突如として、忽然とヒガンバナの赤い花が出現したのだった。それは、さみだれ式に咲き始めたというようなものではなく、地面下で申し合わせていたかのように、あるいは、何かの合図に呼応して一斉に花開いたという感じである。榛名山麓でも、こんなところに球根が隠れていたのかというような場所でヒガンバナが赤い花を開いていた。ヒガンバナは咲くのを忘れてはいなかったのだ。ただ少しだけ季節が微妙に例年とは異なっていただけのことだった。
 
 このタイミングを計ったかのような開花にはどんな秘密があるのだろうか。
 日本にあるヒガンバナは染色体が3倍体であることが知られている。オスとメス、あるいは雄しべと雌しべがあるような動植物では、受精や受粉によって、オスの染色体とメスの染色体が一緒になるので、同じ働きをする染色体が一つの細胞の中に2つずつ存在することになる。これが2倍体とよばれる普通の生物である。ところが、ヒガンバナには同じ働きをする染色体が3つも入っているというのだ。これでは普通の動植物のように通常の受精や受粉が成立しない。日本のヒガンバナは正常な種子を作ることができないのだ。
 日本全国どこにでもあるようなヒガンバナは種子で増えたわけではないことになる。植物が種子を使わずに子孫を残すには、むかご(珠芽)や走出枝(ランナー)など栄養生殖という方法があるが、この場合、遺伝子は混じり合わず、全く同じ遺伝子の植物が増えていくことになる。クローンである。ヒガンバナの場合は、球根が分れて増えていくのだというが、日本全国にあるヒガンバナはすべて同じ遺伝子をもったクローン…!?
 ヒガンバナはもともと日本に自生していたものではないらしい。元をたどれば故郷は中国へたどり着くようだ。もっとも、セイタカアワダチソウやオオブタクサのように最近になって帰化したようなものではなく、もっともっと古い時代、日本の歴史の教科書の1ページ目にあたるような昔のこと。どうやって来たかは定かではないが、故郷・中国大陸には種子のできる2倍体があるというから、あちらでは遺伝子の多様性が確保されているのだろう。なぜ日本には3倍体しかないのか不思議なことである。
 クローンといえば、一卵性双生児も同じである。まったく同じ遺伝子を持っている双子は顔つきも体つきもよく似ているものだ。
 日本にあるヒガンバナがすべてクローンであるとすれば、それがタイミングの合った開花に関係するのかもしれない…? ヒガンバナはみんな同じ遺伝子を持っているが故に、同じように成長し、同じ時期に芽を出し、同じ時期に花を咲かせる…??
 
 植物が花を咲かせるきっかけは、主に2つの要因がある。一つは夜の長さが長くなったら咲くとか、反対に短くなったら咲くという、光の当たる時間の長さ。もう一つは、一度低温を経験すると咲くとか、何度くらいになると咲くという、気温の変化。
 ヒガンバナの場合は、どうやら暑い時期から気温が下がってくると咲くというタイプのようなのだが、詳しいところははっきりしない。
 気象庁では東北から〜南大東島まで、ヒガンバナの開花日を公開している。そこには南から北へと開花日が経過していくというようなヒガンバナ前線≠ヘ見て取れない。前線が北から南へと逆行するというわけでもない。さすがに開花日が全国同一というわけではないが、ソメイヨシノのように1カ月にわたって前線が北上するというわけではなく、おおむね彼岸(=秋分)の頃に各地で開花するのである。ただ単に「気温が下がったから」で説明ができるようなものでもなさそうだ。
 ヒガンバナの開花時期に関しては温暖化、とくに夏の季節の高温によって花期が早まるという研究もある。開花のきっかけは確かに高温から低温への変化がカギのようなのだが…。
 
 どこから、いつの時代に、どうやって来きたのか。どうして3倍体しかないのか。ほんとうにみんなクローンなのか。そして、どうして一斉に咲くのか。
 秋の気配が濃くなってきた風景の中に忽然と出現する妖しい赤い花は不思議な謎でいっぱいだ。
 





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