2020年6月
梅の木の変



サビ菌による梅変葉病の葉


 梅の葉がやけに落ちる…
 窓の外に見える梅の木から風に吹かれて何枚かの葉が落ちるのを見て、連れ合いが言い出した。栃木県の益子町から引っ越してきたとき、軽トラックに載せて運んできた梅の木である。
 ベランダに出て、その梅の木を見てみると、たしかに葉が少ないように見え、そんなに強い風でもないのに目の前でも葉が落ちていった。この梅雨の時期に風に吹かれて葉が落ちるなど考えられない。だが、木の下を見れば、やはりたくさんのまだ緑色をした梅の葉が落ちている。
 すぐに思いあたるのは、少し前に見つけた葉についた黄色い粉状のものである。それは見つけたときに大体はハサミで切り取り焼却したのだが、脚立が届かないような高いところまでは取り切れてはいなかった。連れ合いもそれを疑っているようで、さっそくその正体を調べ始めた。
 梅の葉にその黄色い粉状のものが付いているのを見つけたのは昨年のことだった。昨年も同様に葉ごと切り取って焼却したのだが、粉状のものはいくら慎重に取っても空気中に舞い上がり、あるいは、近くの葉にくっついたりしてしまったものだ。おそらく、この粉状のものは胞子なのだろう。拡散に力を貸してしまった結果になったのか、昨年に比べて今年の方が黄色い粉状の葉の部分は多くなっている。
 梅の木ではないのだが、榛名山の沼ノ原の草木でもそれと似たようなものを見たことがある。その正体を探っているときに「サビ菌」という生物群の名前をはじめて目にした。サビキンは「錆菌」である。キノコに代表される担子菌の仲間で、植物に絶対寄生するとあった。ただ、一言でサビ菌といっても、いろいろなものがあって日本には約800種が報告されているという。まだまだ分からないことだらけの分類群のようだ。
 結局、沼ノ原の黄色い粉状の正体は、「サビ菌の何か」までで終わってしまった。とても正体がわかるほどメジャーなものではなかったのだ。それでも、梅の葉の黄色い粉状のものも同じサビ菌の何かなのだろうという推測はついた。
 そして、今回、その梅の葉の黄色い粉状のものに「変葉病」という名前があることを知った。WEB上の情報である。ナシやリンゴの葉にできる赤星病や桜の天狗巣病もサビ菌の仕業というから、サビ菌の引き起こす症状は一様ではない。サビ菌は植物界の病気の多くの原因となっているのかもしれない。
 先に書いたが、サビ菌は絶対寄生菌であるとされている。「絶対寄生菌」というのは、生きた植物がなければ生きて行けない菌で、寄生している植物から離れてしまうと死んでしまうような菌である。また、寄生する植物も限定的のようで、何にでも寄生できるわけではない。ただ、季節によって宿主を変えるタイプとずっと同じ宿主に寄生し続けるというタイプがあるのだとか。
 梅の葉に変葉病を引き起こすサビ菌は、季節によってウメとヤマガシュウの間を行ったり来たりするタイプであることが報告されている。ヤマガシュウというのは付近の雑木林の中にも生えているシオデの仲間で、茎にたくさんの刺を生やしたツル性の植物である。   
 ということは、梅の葉にできた黄色の胞子は、梅の木についても何ら問題はなく、周りに生えているヤマガシュウの葉に寄生するための胞子だったということなのだろう。黄色い葉を切り取るのにそれほど神経を使わなくてもよかったのかもしれない。


黄色い粉状のものを顕微鏡で見る

これが胞子のようだ

 ところが…。
 梅の病気を調べていくうちに、別の存在に気がついた。幹についた茶色のちょっと光沢のある半球形のもの。
 問題の梅の木の幹に3〜4mm程の小さな茶色い半球形のものがいくつも付いていることは以前から気がついていた。いつからあったのかさえわからないほど昔からあったような気がする。地衣類がよく付いている梅の木の幹は、何かと注目して見ているポイントの一つだったのだ。
 調べてみれば、これは「タマカタカイガラムシ」。迂闊なことに、それがカイガラムシだとは今まで考えたこともなかった。
 カイガラムシという生物が昆虫の一種であるということは知識として知っていたし、それが半翅類というカメムシやアブラムシに近い仲間であるということも。だが、意識していなければ、なかなか目には入ってこない生物である。この梅の木を弱らせていた原因は、もしかしたら変葉病よりもこのカイガラムシの方が大きいかもしれない。
 

タマカタカイガラムシ
 
Eulecanium kunoense
 

顕微鏡で見た幼虫の姿

 カイガラムシのエネルギー源は植物から得る。カメムシやアブラムシの多くがそうするように、植物に針のような口吻を突き刺し、葉が光合成で作り出した糖類をせっせと吸ってしまうのだ。そしてカイガラムシの口吻の突き刺し具合は、カメムシやアブラムシには比較にならないくらい執拗な様子である。カメムシやアブラムシは吸っては移動するが、カイガラムシの多くは一度口吻を突き刺したら、死ぬまでその場を動かないというものも少なくないようだ。
 タマカタカイガラムシは、オスは脚と翅を持ち移動することができるが、成虫となったメスは脚も翅も無く動く手段を持たないという。メスは梅の枝から吸い上げた糖分たっぷりの樹液を原料として、体を覆う殻を作って、成虫となったそこで卵を産むというのである。メスの作った殻が卵のシェルターとなる。「タマカタカイガラムシ」と認識した茶色の半球形の殻は、カイガラムシそのものではなく、カイガラムシのメスが作り上げた卵のための防御壁だったのだ。
 繭から出て数日のうちに交尾して死ぬオス。卵をつくり、シェルターを作りそこで一生を終えるメス。いずれにしても、卵から一生を終えるまではわずか1年ほどでしかない。昆虫では珍しくない一生の時間だが、ただ、ただ、命を繋ぐだけの存在。
 梅の木は生きている。サビ菌も生きている。カイガラムシも生きている。
 生命は何のために生きているのか? 
 カイガラムシの事を考えていると、答えの出ない迷宮のような疑問が浮かんでくる。
 そしてまた、ヒトも何のために生きているのか分からない不思議な存在の一つでしかない。






TOPへ戻る

扉へ戻る