2020年5月
イボタガ




ホオノキの幹にとまったイボタガ Brahmaea japonica  


 いったい榛名山にはどれくらいの種類の蛾がいるのだろうか…?
 2004年に移住して以来、誤同定もあるかもしれないが、榛名山で撮影した蛾で種名が判明したものは2020年4月末時点で471種類となった。もちろん撮影したものの、名前にまでたどり着けないものもたくさん残っている。
 国立科学博物館の神保宇嗣氏が「List-MJ 日本産蛾類総目録」としてまとめたリストでは2020年4月28日現在で日本には6106種の蛾が記録されている。とすれば、確認できた471種というのは、そのうちの7.7%でしかない。このあたりでもまだまだ見たこともない蛾がたくさんいることだろう。

 最近、時間のあるときに夕方から家の雑木林の縁に裸電球をぶら下げて蛾を集めて見ている。白いスクリーンも用意することもなく、ただ電球をめがけてやって来る蛾をターゲットにした超お手軽ライトトラップである。効率は悪いが、延長コードを抜くだけで片づけが終わるという無精さがなんともいい。だから、成果が上がらなくてもガッカリはしない。何か珍しいものがやって来たら儲けもの… というものだ。
 5月になった間もなくの頃。その日、電球を吊るしたのはホオノキの枝だった。
 夕食のあとで、ライトを片手にのんびりと様子を見に出てみる。すると、そこに思いがけない大物が待っていた。ライトの光に浮かび上がった大きな目玉模様。そして、その目玉模様のまわりにさざ波のような模様を含んだ複雑な様相。イボタガだ。
 ホオノキの幹にとまって翅を拡げている姿は10cmを越えようかという大きさである。この大きさに対抗できるとすれば、ヤママユガの仲間くらいのものだ。その大きさと奇抜な翅の模様は、その特徴的な名前とともに、そう簡単に忘れることはできない。
 この地でイボタガに遭遇したのはこれで2度目のこと。最初にあったのは2005年5月5日のことだった、と記録されている。春に登り窯を焚いているときの夜、やはり灯火に誘われてやってきて、じっと壁にへばりつくようにとまっていたものだ。連れ合いによれば、それは登り窯での2度目の本焼きのときのことらしい。あれから実に15年。いつの間にか長い時間が流れていたということにも驚く。この間、人間が忘れようとも、確実に彼らの命は繋がってきていたのである。
 ところで、イボタガの幼虫は成虫の翅の模様に負けないくらい奇抜な姿をしているらしい。実物はいまだ見たことがないのだが、写真で見る限り、白地に明るい黄緑色の斑紋とそこに黒いごま塩を振りかけたような芋虫で、その体から黒く長い突起物が7本飛び出しているのである。その突起物はなんとも邪魔そうなのだが、これでも身を守るのに有利に働いているのかもしれない。ところが、その奇抜な突起物は終齢幼虫になったときには無くなってしまうというから、その奇抜な姿を見るには終齢幼虫になる前に見つけなければならないことになる。
 イボタガの幼虫が食べるのはイボタノキ、モクセイ、トネリコ、ネズミモチ等の葉とされている。榛名山麓のこの辺りにはイボタノキが林の中に自生していて、もう少しすれば白い小さな花を見せてくれるはずだ。モクセイやトネリコやネズミモチというのは見かけないから、きっと、ここではこのイボタノキが彼らの命を繋いでいる場に違いない。

 電球の光に惑わされてホオノキにおびき寄せられてきたイボタガは、電球を消してもしばらくはそのままそこにとまり続けていた。だが、翌朝になって、もう一度その場所を見てみると、さすがに姿はなかった。翌日も同じように電球を灯してみたが、もう現れることもなかった。
 榛名山麓のイボタガは今年も命を繋いでいくことができただろうか。イボタノキに白い花が咲くころ、今年はそこに奇抜な幼虫の姿を見てみたいものである。





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