2020年10月
ア ト リ


群れから離れて一人やってくるアトリ


 
  山麓の少し黄色味が増してきた樹木の中の農道をクルマを走らせていると、前方の木のの梢から、道路を横切ってパラパラと小鳥が飛び立つのが見えた。
 何だろう…?
 スピードを落として見ていると、次から次へと小鳥たちが後に続いていく。どうやら冬鳥の一群がやって来たようだ。脳裏をかすめたのはアトリとマヒワだった。
 アトリはお腹にオレンジ色が目立ち、榛名山麓でも榛名湖のあたりでも冬場になるとよく見かける鳥である。マヒワはまだ榛名山麓では見たことはないのだが、近所に住むNさんは以前群れを見たと言っていたので、こちらも飛来することがあるのだろう。アトリもマヒワもアトリ科に分類され、どちらも大群を作って集団で行動することのある冬鳥である。
 
 二日後、朝の農道を犬を連れて歩いて行くと、すっかり秋の雑草に覆われてしまった畑の上空を、たくさんの小鳥が、畑の反対側にある林に向かって飛び、集結しつつある現場に遭遇した。街中ならば、夕刻、ムクドリが塒(ねぐら)に集まるときの様子に見えるかもしれないが、時刻はまだ午前、そして、大きさはムクドリよりもはるかに小さい。一瞬見えたオレンジ色からすると、どうやら予想通りアトリのようだ。
 それにしても、驚きの数だ。いったい何羽いることやら…。数百… では足りそうもなく、優に千羽は超えるだろう。アトリもかつてはスズメやツグミと同じようにカスミ網で捕えられて、焼き鳥などとして食用にされたというが、この数を見ればそれも何やら納得がいく。

 そんな大集団を目撃したのと同じ頃、自宅の窓から見える庭の畑に一羽のアトリが姿を現した。シソの生えているあたりでしきりに地面を突っついているところを見ると、落ちたシソの実を食べているのだろう。
 そのあたりのシソは、こぼれ種から自然に生えてきたものを、連れ合いが、芽生えの頃に移植して集めたもので、シソ畑の様相になっていた。シソの実は小鳥たちにはごちそうらしく、冬になるとこの一角はカワラヒワやホオジロ・ミヤマホオジロ…ときにはベニマシコまでやってくる餌場となる。
 アトリらしい大集団を見ているので、このアトリの近くにも仲間がいるのだろうと思って周囲を見回してみたが、他には鳥の姿は見当たらない。たった一羽の単独行のようだ。
 窓越しに見ていると、いつまでも同じところで、同じようなしぐさを繰り返している。しばらく眺めていたが、まったく終わる気配はなく、こちらが時間に追われてしまった。
 翌日、単独行のアトリはやはり同じところにいた。
 その翌日も…。
 さらに翌日。雨の日はさすがにいないだろうと思って窓からのぞいて見ると、シソの葉の下で、雨に濡れながらやはり同じように食事をしている。
 あんなにたくさんのアトリがいるのに、仲間を伴わず、いつもたった一羽で。絶好の餌場を見つけたアトリは独り占めを決め込んだのだろうか。

 ここ榛名山麓では、冬になるとホオジロの仲間のカシラダカがアトリと同じように群れを作っているのをよく見かける。そして、この群れの近くでは猛禽類のツミやハイタカの姿を見かけることがある。猛禽は小鳥たちにとって脅威の天敵である。一冬の間にカシラダカやアトリなどの小鳥たちがどれだけ犠牲になるのかわからないが、ハイタカやツミたちが一冬生きるためには、それ相当の鳥たちが捕食されるはずである。はるばるシベリアからやってきたアトリ達のうち、いったいどれだけが再びシベリアへ帰れるのか…。
 アトリ達が大きな群れを形成するのは、集団であることにより、たくさんの眼や耳で捕食者の出現をいち早く発見し、より早く逃げることができるため。あるいは、捕食者に襲われても、たくさんいる仲間うちの誰かが犠牲になれば自分は生き残れる、という利点があるからなのだろう。アトリが群れを作るのは食物連鎖の食われる側≠フ防御策と考えることができる。
 一方で、単独行動にもメリットはある。警戒は頻繁に行わなければならないが、餌場が確保できれば効率よく摂食できるし、集団内での争いやストレスもない。
 通常、アトリ達は大群で渡ってきた後で小さな群れに分かれて冬を過ごすようだが、もしかしたら渡ってきてから単独の生き方を選ぶものがいるのかもしれない。あのはぐれアトリ≠ヘそんな選択をした個体だろうか。
 群れで過ごすアトリにも、単独で生きるアトリにも、もうすぐ生き残りをかけた長い冬の季節がやってくる。
 







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