2019年6月
ライトトラップ



林の縁に設置されたライトトラップ


 我が家の庭先でライトトラップをやることとなった。
 ライトトラップというのは、光を照らして昆虫たちを集めて、観察やら採集をするというもので、光に集まる昆虫の性質を逆手にとった昆虫観察会のようなものである。Wさんがライトトラップをやる場所を探している、という話を聞いたので、ぜひうちの周囲の昆虫を調べてください、と場所を提供したのだ。
 〝ライトトラップ〟というムズカしい名前がついているが、仕掛けはシンプルで、白い布を張って、そこに光をあてて、昆虫たちがやってくるのを待つだけである。外灯や夜の自動販売機の光にやってくる昆虫を見るのと大差はない。昆虫を見たい場所、調べたい場所に光源が無いから、光源を作ってしまおうという発想である。
 しかし、そういえば、外灯に昆虫たちが集まってブンブン飛び回っている光景を最近あまり目にしていないことに気がついた。かつては、小さなカやハエや蛾、そして大物のカブトムシやクワガタなど、たくさんの昆虫たちが外灯の光を取り囲んで飛び回っていたものだ。
 それは、昆虫がいなくなったというわけではなく、大きな理由は光源がLEDの光に変わったからである。かつて蛍光灯や水銀灯であった外灯の多くは、いつの間にか、コストパフォーマンスに優れるというLEDの光に変わっていたのだ。
 昆虫はどんな光にでも反応してやってくるわけではない。
 「光は電磁波である」と物理学では教える。電磁波は波として伝わるのでその波の長さ(波長)によって、長い方から電波・赤外線・可視光線・紫外線・X線・ガンマ線と分けられている。その中で人間が見える光は、赤から紫にかけての、その名も「可視光線」と呼ぶ光だけだ。その波長はおよそ750nm~380nm。(1nm=0.000001mm)
 人間は波長380nmの紫色の光が短い波長として見られる限界だが、昆虫の眼が光を感じるピークはまさにこの380nmあたりにあって、さらに短い波長の紫外線までが見え、逆に長い波長の電磁波は見えていないとされる。そんなわけで、昆虫が一番光を感じる380nmあたりの光が無ければ、昆虫の反応は弱いことになる。そして、LEDの光はこのあたりの波長の光が無いのである。それに対して、蛍光灯や水銀灯の光は紫外線までの短い波長の光までカバーしているので、昆虫は大いに反応して光に集まってくることになる。
 蛍光灯や水銀灯に群れる昆虫たちは今や〝昭和の風景〟の一つなのかもしれない。

 Wさん夫妻とその友人夫妻らによって、手際よくライトトラップのセットは組み立てられ、まださほど暗くないうちからライトが点灯された。ライトはもちろん水銀灯である。傍らには紫外線を発するブラックライトも掛けられていた。
 闇が深まるほどに周囲から蛾たちが罠にかかって白い布に向かって飛び込んでくるようになった。今回の主なターゲットは蛾である。シャクガの仲間、メイガの仲間、アツバの仲間、シャチホコの仲間、イラガの仲間…、見たことのある蛾が多いが、見慣れないのもいくつか混じっている。見たことがあるけれど、すぐには名前が出てこないものがたくさんいる。蛾の種類は驚くほど多いのだ。
 やがて、満月近くの大きな月が林の中に明るい光を放つころ、大きなオオミズアオも2頭飛び込んできた。月の女神アルテミスの登場である。光の罠にかかったオオミズアオが大勢のギャラリーの間を飛び回って大暴れする。
 オオミズアオに限らず、ライトトラップに引き寄せられてきた蛾は、それはそれは迷惑なことだったことだろう。意図せず、光に誘われるようにしておびき寄せられてしまったのであるから。だが、そんな中、ちゃっかり者もいる。おびき寄せられて来てしまった者どうし、白い布の上で交尾しているではないか。ライトトラップを婚活の場としてしまったのは一枚上手というしかない。問題はこのあと人間に踏みつけられずにどこかへ飛んで逃げられるかどうかだ。
 
 午後10時前、新顔があまり見えなくなってきた頃にライトが消された。このころになると、白い布に張り付いた蛾たちの動きは鈍く、じっとしたままでいるものが多くなっていた。お疲れなのか、力を使い果たしてしまったのか…。無駄に力を使ってしまった蛾たちに残されたエネルギーはどれほどのものだろう。
 外灯に昆虫が群れていた昔、朝になるとそこにはカブトムシやクワガタが残されていることがあって、朝早く捕まえに行ったことがある。けれど、ときにはすでに死んでいたり、さらにはバラバラになっていたりして、残念な思いをしたこともあった。おそらく、カラスなどの鳥の餌食になってしまったのだろう。そして、そこに集っていた蛾や他の昆虫たちも同じ運命をたどっていたのかもしれない。
 ライトトラップの白い布にとまったまま動かない蛾たちの姿に、昔見た朝の外灯の下の昆虫たちの弱りはてた姿や死骸が重なって見えた気がした。それも、遠い昔となってしまった〝昭和の風景〟の記憶の一つなのである。
 

シロテンキノメイガ
Nacoleia commixta

スカシノメイガ
Glyphodes pryeri

スズキドクガ
Calliteara conjuncta


この日のライトトラップで確認された蛾(記録と記憶をもとに)

ヒメコブヒゲアツバ セスジナミシャク クロシタアオイラガ オオミズアオ
アカモンコナミシャク アオスジアオリンガ ミツテンノメイガ クロスジノメイガ
スカシノメイガ カギバノメイガ シロテンキノメイガ マエアカスカシノメイガ
キモンコヤガ ベニヘリコケガ  テングイラガ ムラサキイラガ アカイラガ
シロシャチホコ(バイバラシロシャチホコ?) フタスジエグリアツバ スズキドクガ
ウスキツバメエダシャク  アトグロアミメエダシャク アカハラゴマダラヒトリ
ホシベッコウカギバ ヒトツメカギバ 
他、ハマキガの仲間 コブガの仲間 アツバの仲間
  いまだに名前の決まらないもの多数  
 





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