2019年6月
夜のホトトギス


キョッキョキョキョキョキョ…
 5月の下旬、もうすぐ次の日になろうとする深夜、遠くから鳴き声が聞こえてくる。それもだんだんと大きな声になって、そろそろ眠りにつこうとする耳に響いてくる。ホトトギスである。
 ホトトギスの鳴き声は「テッペンカケタカ」あるいは「東京特許許可局」という聞きなしが一般的だ。この声は一度聴いたら間違いようがないくらい特徴がある声である。とはいえ、これはオスの声で、メスはピピピピピピピ…≠ニ鳴くのだとか。それをホトトギスとして認識して聞いたことはないけれど。
 夜のホトトギスの鳴き声が大きくなってくるのは、声のボリュームが上がって来るのではなく、音源が近づいてくるからに違いない。彼らは夜の闇の中を鳴きながら飛んでいるのだ。
 もちろん、その声は昼間も聞こえてくることはある。それも、どこかにとまって鳴くというよりは、飛びながら鳴いていることの方が多いようだ。しかし、林の木々にすっかりと葉が茂ったころに夏鳥としてやって来るので、鳴き声は聞こえても、彼らの姿を見つけるのは難しい。鳴きながら飛んでいるのを一瞬見るくらいである。しかし、あらためて思い出してみても、鳴き声を聞くのは夜の方が多いように思えてならない。
 この季節、登り窯を焚くので一晩中屋外で火の番をしていたことがある。このとき、静寂な暗闇の中から聞こえてくるホトトギスの声は一晩中聞こえ続けていた。本当に彼らは寝ずに鳴き続けるのか…? それとも、昼と夜に鳴いているのは別々の個体なのか…? 残念ながら、姿の見えない彼らを識別する術は持っていない。
 ホトトギスが葉が茂ったこの季節にやって来るのは、その特殊な繁殖の仕方に関係するのだろう。ホトトギスが托卵という方法で子孫を残しているというのはよく知られている。カッコウ・ツツドリ・ジュウイチといったホトトギスによく似た姿をしている鳥たちの共通する戦略である。現場は見たことがないのだが、彼らはウグイスやオオヨシキリやホオジロやモズなど、他の鳥の巣に卵を産み、自らは子育てはせず、その巣を作った鳥にヒナを育ててもらうのである。
 ホトトギスが托卵するのはウグイスであることが多いのだそうだ。
 ウグイスといえば、ホトトギスよりもはるかに早く、初春にはハァ〜、ドッコイショ≠ニ鳴き始めるあの鳥である。ハァ〜、ドッコイショ≠ヘ彼らの繁殖シーズンが始まったことを意味している。ホトトギスの繁殖はこのウグイスたちの巣作りが行われていることが大前提なのだから、ウグイスのさえずりが始まって、しばらくしてやって来るのが理にかなっているというものだろう。
 榛名山西麓での今年のウグイスの初鳴きは3月17日、そして、ホトトギスの初鳴きは5月22日だった。ウグイスが繁殖活動を始めてから66日間も間を置いて、ホトトギスはやってきたことになる。
 
 どうして夜になっても鳴いている…?
 連れ合いも同じような疑問を抱いているようだ。加えて、鳥は暗闇では目が見えない、と思い込んでいるようで、連れ合いにとって夜の鳴き声は二重の謎を含んでいるらしい。
 しかし、その一つの疑問は問題ではない。鳥は夜も見える…はずだ。フクロウをはじめとして、暗闇で飛ぶ鳥はたくさんいる。高校生のころ、高校の屋上で寝ころびながら流星を観測していると、よく大きな鳥が鳴きながら上空を飛んで行くのが見えたものだ。おそらくあれはカモの仲間だった。あまり美しいとは言い難いギャア≠ニいう大きな一声を発しながら飛んでいくのもいた。姿は見えなかったが、たぶんサギの仲間だったのだろう。家禽のニワトリなどは暗闇が苦手のようだが、その他の多くの鳥たちは暗闇でも飛べないことはないようだ。
 問題は、どうして夜にあんなに鳴くのか、というもう一つの疑問である。
 鳥のさえずりは、メスへのアピールと縄張り宣言、というのが一般的な考え方である。
 縄張りを宣言する鳥たちはたくさんいる。声ではウグイスなどが有名だけれど、キツツキの仲間はドラミングで、キジやヤマドリは声に加えて翼をドドドド…を震わせてみたり…。
 けれど、それはすべて昼間のことで、深夜は静かにしている。暗闇でドラミングが聞こえてきたりすることはまずない。ホトトギスは夜になってまで縄張りを見張らなければ気が済まないのだろうか。あんなに鳴いていたらウグイスにその存在を知らせているようなもので、逆に警戒されてしまうのではないだろうか。そして、夜行性ではない鳥たちが夜にホトトギスの縄張りを侵略してくることはあまり考えられない。あるとすれば、やはり同種であるホトトギスくらいなものか…?それとも夜行性の哺乳類を警戒してのこと?
 どうも夜中のホトトギスの鳴き声が縄張りのためというのは合点がいかない。
 では、メスへのアピールはどうだろうか。ウグイスの繁殖の時期に合わせて卵を産むという時間的な制約があるのだとすれば、それに合わせて必死にメスを探さなければならない。そのために必死に鳴き続けるのだという説明がされているウェブサイトもある。短期決戦の勝負所、と昼も夜も鳴き続けるのか。たしかに、夜の闇の中から聞こえてくるホトトギスの声には悲壮感さえ感じることがある。
 しかし、なぜホトトギスだけなのだろうか。カッコウも、ジュウイチも、ツツドリも夜に鳴き声を聞いた記憶はない。明確に、もっと納得のいく理由はないものだろうか。しばらくパソコンでいくつかのウェブサイトを見て回ったが、なるほど!という解答にはたどり着くことができなかった。
 そんなとき、NPO法人「バードリサーチ」の「バードリサーチニュース2017年12月号」に「人工照明が渡り鳥を迷わせている」という記事を見つけた。バードリサーチの理事である神山和夫さんがPNAS(米国科学アカデミー紀要)に掲載された2017年の論文を紹介したものである。それによると、2001年9月11日にニューヨークで起こった航空機テロの犠牲者を追悼して、毎年9月11日に「Tribute in Light」というサーチライトのような強く青い光を上空に向けて照射する行事のとき、上空にいる多くの渡り鳥がそのライトの周辺に集まってくることがレーダー観測によって判ったというのである。「Tribute in Light」が行われた5夜で照明から半径5kmの範囲で110万羽の渡り鳥に影響を与えたと推定している。
 論文の主題の、人工の光が渡り鳥に影響を与える…、という以前の問題として、ニューヨークの夜の空にそんなにも渡り鳥がいるということに驚いた。これまで渡り鳥が昼間飛ぶのか、夜飛ぶのか、などと考えたこともなかったのだが、渡りの季節、夜の空にはたくさんの渡り鳥が飛んでいたのだ。
 とすれば、もしかしたら、ホトトギスはやはりメスへのアピールのために鳴いているのかもしれない。
 ホトトギスではないが、夏鳥としてやってくるクロツグミやキビタキも最初にやってくるのはオスで、しばらくしてからメスがやって来るのだと聞いたことがある。オスが縄張りを確定して、そこへメスを招き入れるというのである。
 そんなことから考えると、いち早くやって来たオスのホトトギスが縄張りを確保して、後から夜の闇の中をやってくるかもしれないメスに向かって、ここにいるよ!! ここにいるよ!!=cと、鳴き続けるのではないのか…?
 しかし、それが真実だとしても、ではなぜカッコウやツツドリは夜に鳴かないのか。あるいはクロツグミもキビタキも深夜に鳴かないのか。依然として、謎は残る。
 
 梅雨入りし、冷たい雨が一晩中降り続いた夜。深夜のホトトギスの声はなかった。さすがに雨の中ではお休みなのか、それとも、待望のパートナーが現れたのか…? 雨の上がった翌朝には、上空から大きな声が聞こえてきたから、昼間の縄張り宣言はあいかわらずだ。
 しかし、その冷たい雨の夜以降、夜のホトトギスの声は確かに止まった。それからもときどき気にかけながら夜の空に耳を澄ませるのだが、聞こえてくるのは遠くの方で鳴くフクロウの声くらいである。昼間は例の大声が聞こえてくるのだから、いなくなってしまったわけではない。ホトトギスの夜の声が聞こえなくなったとすれば、ウグイスにとって最も警戒する季節となったということかもしれない。
 これからまだしばらくの間、ホトトギスとウグイスの微妙な緊張感を保ちながらの駆け引きが続いていくことだろう。





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