2019年4月
は〜、どっこいしょ!



烏川の源流付近で正調にさえずっていたウグイス


 今年のウグイスの初鳴きは3月17日のことだった。
 ウグイスの初鳴きは、年によって前後するのだが、ここ榛名山西麓の標高700mあたりでは、例年3月の中旬から下旬にかけてのようである。年度が変わる頃に、南からの暖かい風の中で聞くホー、ホケキョ≠フ声は、まさに春の音といえるだろう。
 ところで、そのホー、ホケキョ≠ニいう聞きなしだが、数年前に近くに住むNさんから、「ウグイスの鳴き声ははぁ〜、どっこいしょ!≠チて聞こえる。」という話を聞いたことがある。その場では笑い話で終わったのだが、いざ、本物のウグイスのさえずりを聞いてみると、なるほどはぁ〜、どっこいしょ!≠ネのだ。一度そう聞こえてしまうと、ホー、ホケキョ≠ニは聞こえてこない。あっちからも、こっちからも、はぁ〜、どっこいしょ!≠ェ連呼されてくるのである。
 人間の頭の中はいったいどうなっているのだろうか。
 うううくひ∞ほーほ、きひーとく∞うー、ぐいす
 江戸時代よりも前、ウグイスのさえずりをこんな風に聞きなしていた、という記述を見つけた。ひらがなで書き示すと何だかわからないが、声に出して読んでみると、それなりにウグイスのさえずりに聞こえなくもない。ヒトの頭はそう思い込んでしまうと、そういうものとして定着させてしまうのだろうか。

 4月の初旬、榛名山麓から少し離れた烏川源流域でクマタカを観察していたときのこと。
 近くでウグイスが鳴き始めた。オスのさえずりである。
 ホー、ホケキョ!
 見事な、典型的な「法、法華経」だ。はぁ〜、どっこいしょ!≠ナはない。頭の中で、鳴き声に合わせてはぁ〜、どっこいしょ!≠ニやってみるが、やはり違和感がある。これはやはりホー、ホケキョ≠セ。
  もしかして、榛名山西麓のウグイスは訛っているのか!?
  ウグイスの聞きなしが多様なのはヒトの頭の中の問題だけではなく、ウグイスの方にも原因があるのかもしれない。

 ところで、意外なことにハワイにもウグイスがいるのだという。もともとハワイにいたわけではなく、80年ほど前に日本から移民して行った人達が持ち込んだものが野生化したものとされている。このハワイのウグイスのさえずりについて、2015年に国立科学博物館の浜尾章二氏のグループが、アメリカの自然科学誌「Pacific Science」で興味深い発表をしている。ハワイのウグイスのさえずりは日本のウグイスのものに比べて、単純なものになっているというのだ。ハワイには縄張り争いや繁殖のための争いが少ないために、複雑なさえずりをやめてしまったというのである。
 ホー、ポピッ!
 ハワイのウグイスの聞きなしはこんなふうに表されている。
 榛名山麓のウグイスと烏川源流域のウグイスのさえずりの違いが上州弁と東京弁レベルだとすれば、ハワイのウグイスのさえずりは、日本語と英語の違いまでとは言わないものの、上州弁と東北弁、あるいは琉球方言くらいの違いだろうか。
 およそ80年という時間の経過の中で、代を重ねていったウグイスたちの鳴き声は少しずつ変化し、日本のウグイスとはずいぶんと違った鳴き声になってしまったようだ。
 ウグイスは留鳥である。寒いところにいる個体は、冬場には暖地へ移動するらしいが、そんな遠くまで移動するわけでもないのだろう。たぶん、基本的に同じ場所にいて、季節がくるとさえずりを始めて、ヒトはその存在に気づかされる。
 また、ウグイスの寿命は数年、あるいは8年程度と考えられているようだ。いずれにしても、1年で死んでしまうわけではない。
 だとすれば、それぞれの場所にいるウグイスたちは、その場所で学習した鳴き方でさえずり、それが代々伝えられていくと考えることもできそうだ。その地域のウグイスたちの文化である。鳥の鳴き声は種によって決まっていると思い込んでいるけれど、物まねする鳥たちはたくさんいる。日本語が少しずつ変わっていくように、鳥の鳴き声も少しずつ変わっていくのかもしれない。
 平安時代のウグイスのさえずりは、もしかしたら本当にうーぐいす≠セったのではないか?! わずか80年の時間でホー、ホケキョ≠ゥらホー、ポピッ≠ノ変わってしまったということを考えれば、平安時代からのおよそ1000年という時間は、ウグイスのさえずりが変わるのに十分すぎるほどの時間である。






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