2019年11月
コアオハナムグリ




アザミの花を埋め尽くすようなコアオハナムグリ
2019.10.13.  榛名山麓


 秋も深まって来ると、野山に咲く花も限られてくる。榛名山麓の標高700m付近で残っている目に付く花といえば、アザミの仲間かキクの仲間くらいのものである。アザミは数種類。ノハラアザミやナンブアザミらしいものが遅くまで花を残している。
 その、アザミの花を見て回ると、そこには驚くほどたくさんのコアオハナムグリがいた。人気のある花では、一つの花に5〜6頭のコアオハナムグリが頭花を覆い尽くすようにひしめきあっていることもある。
 コアオハナムグリはコガネムシ科の体長1〜1.5cmほどの甲虫で、頭部や上翅は緑色に彩られ、そこに小さな白っぽい斑点が散りばめられている。よく見れば、背中側には長い毛が生え、捕まえて腹側を見てみれば黒い腹部にも毛が生えているのがわかる。
 彼らの食べ物は花粉や花蜜である。幼虫のころは腐植を食べているようだが、成虫となってからは植物の花が食卓となる。花の中に顔を突っ込んで夢中で食べているその姿から「ハナムグリ」の名前が付けられたのは容易に想像できる。
 庭の食用キクの花にもコアオハナムグリの姿があった。少し前の季節ではヒメジオンによく来ていたから、キク科の花も彼らの食料源の選択肢の一つなのだ。花の少なくなったこの季節、アザミだけではなく、残された他の花にコアオハナムグリの姿を見ることは珍しくない。
 アザミの花についていたコアオハナムグリをつまんで手のひらに載せてみた。すると、驚く速さで、一瞬のうちに翅を広げて飛び去ってしまった。ゆっくり眺める余裕などまったくない。もう1頭、同じように手のひらに載せてみても、行動は全く同じだった。さらにもう1頭、これも手のひらに載せるやいなや飛び去ってしまった。
 晩秋とはいえ、秋の暖かい日光が当たっている場所にいたコアオハナムグリは体温が上がっていて、活性化しているのだろう。それにしても、その飛び立つまでの速いこと。ときどきコアオハナムグリの姿を見かけるが、こんなに機敏に動くのは見たことがない。
 カブトムシやクワガタやカミキリムシなどたいていの甲虫は、飛び立つときにはその気配が判るものである。脚を踏ん張るようにして、体を高くしてからちょっと停止し、おもむろに硬い上翅をパカッと開き、下に折りたたんだ軽い下翅を広げたかと思うと、飛び立っていく。そして、その飛び方も蝶やトンボのようにはいかず、重い体を頑張って空気の中に浮かせているといった感じで、どこかぎこちない。それに比べて、コアオハナムグリの飛行は格段にスマートだ。アブやハエの飛行に匹敵するといったら過大評価しすぎだろか。
 調べてみると、その秘密は上翅にあるようだ。なんと、ハナムグリの仲間は上翅を拡げずに、下翅を拡げて飛ぶのだそうだ。多くの甲虫たちが飛ぶときに、硬い上翅をパカッと広げるあの動作を省略して、上翅を上に持ち上げて腹部と上翅の間に隙間を作り、そこから下翅を一瞬にして拡げて飛び出すというのである。
 こんな飛び方をするためなのか、ハナムグリの仲間の硬い上翅は癒着して開かないようになっているという。あるいは、開かないから、こんな飛び方になったということなのだろうか。開かない上翅の方がうまく飛べるというのもなんだか不思議なものだ。
 上翅が癒着してしまって開かない甲虫は他にもいる。代表的なのはオサムシたちだ。徘徊性昆虫とされる彼らは、翅を開いて飛ぶことはしない。上翅が開かないばかりか、その下に隠したはずの下翅はすっかり退化してしまって、翅の姿をしていないから、飛ぶための手段を捨ててしまった昆虫といえそうだ。その代わりに得たのは素早く歩き回ることを可能にした脚である。
 同じように上翅の開閉を封印した甲虫なのに、一方は飛行名人、一方は地上専門に特化、とその生き方の違いはとても興味深い。
 
 秋が深まるにつれ、コアオハナムグリたちも動きは鈍くなってきた。アザミの花の中にすっぽり入り込み、じっと動かないものいる。そんな個体をつまみだして手のひらに載せても、やはりほとんど動こうとはしない。体温が上がらなければ、昆虫たちは動くことができないのである。
 もう冬はそこまで来ている。
 この季節、成虫の姿でいる彼らはこれから土の中に入り込んで、冬を越す。いったいどれだけの個体が来年の春を迎えられるのだろう。秋に地上に出てきた彼らは、まだ生殖するまでに成熟していないのだという。これからやってくる冬を乗り越えられたものたちだけが子孫を残す権利を獲得できる。
 体が動けるうちに越冬場所に落ち着かなければ、万事休す。だが、越冬ためのエネルギーを体内に蓄えなくてはならない。だから花がある限り、花粉や蜜をとり続けたいというのもわかる。
 選択を間違えれば、来春の命はない。秋の花では、生き残りをかけたコアオハナムグリたちが、太陽の陽射しと花の誘惑を天秤にかけながら微妙な季節を過ごしている。






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