2018年9月
ゲンノショウコ



ゲンノショウコ  Geranium thunbergii    2018.9.9. 榛名山西麓


 榛名山麓の初秋の野原や道端にゲンノショウコの白や赤紫の花が咲いている。花季が長く、夏の頃から咲いていた花だが、なんとなくオミナエシやミズヒキと一緒に秋のはじめに咲くというイメージの植物だ。
 ゲンノショウコはフウロソウの一種で、その花は小さいながら品の良い姿をしている。単に道端の雑草として片づけてしまうわけにはいかないような雰囲気である。しかし、その可愛らしい花の姿よりも、ゲンノショウコが有名なのは薬効だろう。漢字を当てれば「現の証拠」。これはゲンノショウコが「胃腸に実際に効果がある」という意味なのだとか。
 古くは「養生訓」で有名な江戸時代の儒学者であり本草学者でもあった貝原益軒の「大和本草」(1708年)に記述され、日本薬局方にも名を連ねている。民間療法で大いに使われたゲンノショウコは現在もその名前で薬として使われているのである。ゲンノショウコという植物は知らなくても、「ゲンノショウコ」という名前は知っているという人も多いことだろう。
 ところで、ここ榛名山の西麓に昔から暮らしていた人達にとって、ゲンノショウコの知名度は抜群なのである。名前はもちろん、その姿やどこにどれだけ生えている(生えていた)ことまで驚くほどよく知っている。全国で地区別にゲンノショウコの認知度を調査したら、おそらく1位になるのではないだろうか。少なくとも5本の指には入るに違いない。 それは、腹痛とかでゲンノショウコのお世話になった、ということではない。なんと、その昔、この地区の小学校では学校の資金集めとしてゲンノショウコを集めていたというのだ。学校のPTAなどが廃品回収をして資金を集めるのと同じようなものだったらしい。薬の原料として出荷して現金を得たのだろう。ゲンノショウコの拠出は、小学生がいるそれぞれの家にノルマがあって、そのノルマ達成のために大変だったとか。
 地区の新年会でゲンノショウコが話題になったとき、それは異様に盛り上がったものだ。秘密の場所があったとか、こんなふうに誤魔化したとか…。なにしろ、みんなノルマを達成するために苦労した経験者たちだ。
 ゲンノショウコを収穫するのは花が咲いたころが良いとされる。薬としては地上部を使うとのことで、一番生き生きとして大きくなった頃が良いようだ。なにより花が咲いていれば見つけやすい。昔は土用の丑の日に収穫するという習慣もあったと聞く。もちろん夏の土用丑の日である。ここ榛名山西麓でも夏休みの宿題としてひと夏かけてノルマ達成のために、親子でゲンノショウコを必死で集めたのだろう。

 夏の終わり。
 今はもう小学校でゲンノショウコを集めることもない。昔はたくさんの児童がいたという学校も過疎化で、今は全校で60人にも満たないという。
 榛名山西麓のゲンノショウコの記憶はもはや昔話となって、これからは次第に薄れていくばかりだろう。榛名山の山麓に生きる人達のゲンノショウコの認知度も下がっていくに違いない。
 それでも、そんな人間世界の移ろいを尻目に、その昔みんなが血眼になって探したゲンノショウコは、絶えることなく榛名山の山麓で今も変わらず可愛らしく咲いている。

  





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