2018年7月
ちよちゃん



登り窯の小屋に何者かが掘った穴に自動カメラをセットしたら…
写ってきたのはエサを咥えたクロツグミのメスだった


 クロツグミなにしゃべる。
 畑の向うの森でいちにちなにしゃべる。
 ちょびちょびちょびちょび、
 ぴいひょう、ぴいひょう
 こっちおいで、こっちおいで、こっちおいで、
 こひしいよう、こひしいよう、
 ぴい。
 おや、さうなんか、クロツグミ

 詩人・彫刻家・画家… 数多くの顔を持つ高村光太郎は、クロツグミの鳴き声をこんなふうに聞いていた。太平洋戦争で戦争賛美の詩をたくさん書いていた高村光太郎が、後悔の念に駆られ、岩手県花巻市の郊外の粗末な小屋で一人こもっていたときのことという。
 今、榛名山麓の鬱蒼とした林の中からもクロツグミの声が聞こえてくる。
 クロツグミの声は多彩だ。おまけに大きな声で通りがいい。とても文字で書き表すことが難しいたくさんの音を発し、まるでしゃべっているかのような鳴き方をずっとしている。
 高村光太郎も日がな一日そんなクロツグミのしゃべり声を聞いていたのだろう。ずっと聞いていると、何をしゃべっているのだろう、とつい考えたくなってしまうような声なのである。クロツグミは本当におしゃべりだ。

 チヨちゃん チヨチヨ…
 ○○×◇ ▼×○ チヨちゃん ◇▼○○× チヨちゃん ○○××…

 多彩なクロツグミの鳴き声だが、その一部にははっきりと「チヨちゃん」と聞き取れる部分がある。まるで、お母さんがチヨちゃんに呼びかけているようなイントネーションで聞こえるからなにやら微笑ましい声である。その「チヨちゃん」がここ榛名山麓のクロツグミの方言≠ナあるのかどうかはよくわからない。他の林に住んでいるクロツグミもチヨちゃん≠ニ鳴いているのか大いに興味あるところだ。
 
 6月のころ、チヨちゃん≠フ呼びかけ(?)は家の北側の林から聞こえてきていた。それこそ1日中。気が付けば
 ○×○◇▼×… チヨちゃん チヨちゃん ×○□▼○×△…≠ニ、ときどき「チヨちゃん」を挟みながらいつまでも終わらない円周率のように鳴き続けている。
 どうやら登り窯の小屋の近くにクロツグミの巣がありそうだ、と見当がついてきたのは、仕掛けていた無人カメラに頻繁にクロツグミの姿が捉えられたからだった。無人カメラの目的は、登り窯の脇に何者かが掘った大きな穴の主を撮影するためだったのだが、ターゲットとして期待したものは写らず、写ってきたのは野猫とクロツグミだった。そのクロツグミは嘴に餌となるようなものを咥えて、巣に運ぶ前に一休みをしているような状態に見えた。この様子から、この近くに巣を作っているのではないか、と推測していたのである。
 そして、見つけたのは望遠鏡の小屋のすぐ北側の木だった。屋根がスライドするようになっている望遠鏡の小屋の、まさに動く屋根と同じ高さのところのすぐそばに、いつの間にか巣が作られていたのである。何度かそれを知らずに屋根を開けたこともあったはずだ。よくぞ放棄しなかったものである。
 おそらく、家の北側から聞こえてきたチヨちゃん≠フ声は、この巣の親の声だったのだろう。
 家の北側から、周りの林に響き渡るように、クロツグミの声は毎日続いていた。明け方などその声で眠りから目覚めさせられてしまう。例年、負けじと声を上げているキビタキは、今年はどこかへ雲隠れしたようで、ときどき思い出したようにピヨチチ、ピヨチチ≠ニ遠くから聞こえてくるだけである。

 7月。気がつけば、クロツグミの声は北の林から聞こえるだけではなくなっていた。家の周りの林のいたるところで大きな声を響かせている。きっと、あの巣からヒナが巣立ったのだろう。巣立ったばかりの子の周りで親が呼びかけているに違いない。

 チヨちゃん、チヨちゃん… チヨチヨ

 命の危険があるような猛暑≠フ中、林の中では元気に今日もクロツグミが歌い続けている。





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