2017年7月
シロテンハナムグリ


 7月のある朝のこと。2階のベランダに一頭の甲虫が仰向けになって死んでいるのを見つけた。夜間、家の光に惑わされて飛んできたままそこで死んでしまったのだろう。体形や大きさはちょうどカナブンのようである。
 拾い上げて、背中側を見てみると、光沢のある茶色っぽい上翅にいくつかの小さな白い点が散りばめられている。
 シロテンハナムグリ!
 標本以外で見たのは数十年ぶりだ。小学生の頃、クワガタやカブトムシを採りに行けばカナブンとこのシロテンハナムグリには必ず出会った。
 河原のヤナギの木、田んぼの脇にあったクヌギ、桃畑の落ちた桃の実…。炎天下の夏の日、あるいは早朝、あるいは陽が沈んでヤブ蚊が飛び回る夕闇の中、期待に満ちてそんな秘密の場所へ心躍らせて行くと、彼らはいつもそこにいた。目的のクワガタやカブトムシはいなくてもカナブンとシロテンハナムグリはほぼ間違いなくいたものだ。本当に懐かしい昆虫である。
 虫採りでは木の高いところに何か見つけると、いや、見つけなくともその気配があれば、思いきりその木を蹴りつけてみる。それは当時の虫採り小学生の常識だった。振動を与えると、虫たちはバラバラと木から落ちてくる。しがみついていれば落ちることなどなさそうだが、実によく落ちるのである。その落ちてきたのを見失わないうちに見つけて捕まえるのだ。
 クワガタやカブトムシは大抵の場合、下まで落ちてきて虫カゴに納まることが多いが、カナブンは落下する途中で翅を広げて着地前に飛び去るようなものもかなりいた。あるいは蹴られたと同時に飛び立つのもいる。フットワークが軽いのである。シロテンハナムグリはといえば、そのカナブンよりは軽快ではないが、クワガタやカブトムシほど愚鈍ではないという印象が残っている。
 そうして、落ちてきたものがカナブンやシロテンハナムグリばかりだと期待は落胆に変わる。カナブンやシロテンハナムグリは小学生の昆虫採集において外道≠ノ他ならなかった。
 しかし、あんなにどこにでもいると思っていたシロテンハナムグリだったのに、どうしたわけか、これまで榛名山山麓の樹液の出る広葉樹でシロテンハナムグリを見かけたことはなかった。クワガタもカブトムシもカナブンもいるのに、シロテンハナムグリだけが身の回りから消えていたのである。あるいは、もともとこのあたりには生息していなかったのか。

 ベランダで拾ったシロテンハナムグリをもう一度じっくりと見てみた。
 …あれ、何か、変だ。
 …どうも白い点がまばらだ。おまけに白い点が目立たない。死んでしまっているからだろうか。しかし、その割に上翅はツヤツヤしている。これは、本当にシロテンハナムグリなのだろうか…?そういえば、シラホシハナムグリというのもいたっけ…。
 見ていると、頭の中に生きていたシロテンハナムグリのイメージと、何か一致しないものが沸き上がってきた。…もしかして、これは別種?!
 「日本産コガネムシ上科標準図鑑」(学研)を開いてみた。すると、よく似ている姿の甲虫が何種類もいる。多くは沖縄などの南方の地方にしかいないものだが、本州にもシロテンハナムグリをはじめとして、シラホシハナムグリ、ムラサキツヤハナムグリ、ミヤマオオハナムグリ、といった数種類が生息しているとある。確認するためには、肉眼だけでは難しそうだ。
 頭盾、上翅の点刻の様子、小盾板の様子、腹部の中胸の突起…と、ルーペやら実体顕微鏡やらを動員して、たどり着いたのは「ムラサキツヤハナムグリ Protaetia cataphracta」だった。それほどどこにでもいるというわけではなさそうな種である。シロテンハナムグリよりもずっと希少種だ。
 珍しいものを見つけた喜びの一方、昔の友達に久しぶりに再会したような懐かしい気持ちは中途半端な状態で途切れてしまった。いったいシロテンハナムグリにはどこへ行けば会えるのだろう。比較的環境の悪化に対して強く、都市部の公園などでも見ることがあるというが…。今もあのころの秘密の場所≠ヨ行けば、まだそこで命を繋いでいるのを見ることができるのだろうか。今になって妙に気になる昔の外道である。


シロテンハナムグリだと思ったら…
ムラサキツヤハナムグリ 
Protaetia cataphracta


腹部の中胸の突起
この形が決定的?!





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