2018年6月
ヤマグワのカエルたち



アマガエル三兄弟?


 林の縁のヤマグワの木に小さな穴がある。おそらくそこからはかつて枝が出ていたのだが、何らかの理由でその根元から折れ、折れた場所から腐って穴となっていったのだろう。樹洞というには少々小さな穴である。直接日光が差し込まないその樹洞はいつもジメジメしていて、湿気たっぷりの環境を提供している。
 眼の高さよりもわずかに低い場所にできたその小さな穴は、いつの間にか自動車を乗り降りするときなど、今日は何かいないかな…≠ニつい覗き込んだりししまうスポットとなっていた。

 梅雨入り前のある夜のこと。
 穴の中を覗き込んでみると、そこには緑色の小さなカエルの姿があった。青みがかった緑色の皮膚と黒い眼。いきなりライトを当てられたカエルは動揺したのか、わずかに身じろいだ。だが、光が当った瞬間こそわずかに動いたが、その後は微動だにしない。カエルにしてみれば強い光を当てられて相当に眩しかったことだろうに。
 それにしても、ライトに照らされているというのに、カエルの眼はそのまま見開いたままである。眩しくて目を閉じるという術を持ち合わせていないようだ。カエルは動くものしか見えないということを聞いたことがあるが、連続した光にも反応しないのだろうか。
 カエルの眼…というか、カエルの顔からは表情を読み取ることはできない。いったい何を考えているのだろう。いや、「考える」というほどの思考回路は持ち合わせていない、というのが正しいのだろうか。カエルは無表情のままライトの光に照らされて、穴の中でじっとしている。アマガエルだった。
 ところが、よく見ると、その奥にもう一つの顔があった。これもアマガエルだ。小さな樹洞に仲良く2匹のアマガエルが寄り添っていたのである。

 翌日。日中の明るい陽ざしのもとでその穴を覗き込むと、あの2匹のアマガエルの姿は無かった。夜の闇の中で突然の光を浴びせられて、そこが安全な場所ではないと悟って、あの後、姿を消したのかもしれない。
 それでも、その夜、もう一度穴を見た。あまり期待せずに覗き込んだ穴の中には、今度は3つの顔があった。みんなこちらを向いている。アマガエルは単独で見ることはよくあるけれど、複数で寄り添ったような状況で見たことはない。小さな家の中で寄り添う3兄弟のようだ。昼間はどこかへお出掛けで、夜には穴に戻ってくるという生活パターンなのだろうか。
 それからというもの、アマガエルの存在を気にしながらときどき気が向いたときにヤマグワの穴を覗き込んでみた。そこには1匹だけだったり、2匹いたり、3匹いたり、あるいはみんなお出掛けだったりと、いろいろな状況があって、彼らの行動パターンはなかなか読めなかった。だが、少なくとも彼らがこの小さな穴を隠れ家、あるいはねぐらとして使っていることだけは確実だった。小さな穴の中に、小さなアマガエルが3匹よりそっている姿はなにやらかわいらしい。
 
 そして、本格的な梅雨の季節へと時間は流れた。
 梅雨はカエル達の季節でもある。田んぼがある場所では水が入って、そこからはアマガエルたちの大合唱が聞こえてくる。知り合いの田んぼを見れば、あふれかえるようなオタマジャクシたちの群れ。アマガエルたちは田んぼに水が入るのを合図として集っているかのようにも見える。
 ヤマグワの穴のカエル達の姿もしばらく前から見えなくなった。昼間も夜も、今日はいるかと思って何度も見るけれど、もうずっと留守状態が続いている。
 だが今年から、この林の近くには田んぼが無くなってしまった。彼らが生まれたのはおそらくその今年から水が入らなくなってしまった田んぼだった。彼らの生まれ故郷は、昨年までの水辺ではない。彼らはどこへ出かけて行ったのだろう。どこか良い場所を見つけて、彼らが雨の季節をおう歌していればいいのだけれど。
 梅雨空のカエル達の季節はもうしばらく続く。今は、カエルたちの帰宅を待つ日々である。


         2018.6.30.  追記

 関東でまさかの梅雨明け宣言(暫定)が出された日の夜。ヤマグワの穴には、4匹のアマガエルが帰宅していました。1匹友達を連れてきたのかもしれません。




TOPへ戻る

扉へ戻る