2018年5月
セリバヒエンソウ



セリバヒエンソウ Delphinium anthriscifolium
 2018.5.11. 榛名山西麓


 「セリバヒエンソウ」という植物の存在を知ったのは2011年のことだった。
 榛名山麓で見つけたレッドデータに名前を連ねるような貴重種の群落のすぐわきに、青みがかった薄紫色の可憐な花を咲かせていたのである。長い柄の先に付いた上品そうな花は、5枚の花ビラのように見える萼片があって、その一番上の萼片からは長いスミレの花のような距が後に伸びていた。その一番上の萼片の下に2枚の花弁。その奥に花粉を付けた雄しべがある。花としてはかなり複雑な立体構造である。
 それまで見たこともなかったこの植物もきっと珍しいものなのだろうと、この貴重種の群落の調査のために訪れたMさんに聞いたところ、その名前を教えてくれたのだった。
 ところが、「こんなところにも出てきてしまって…」と付け加えたのである。期待に反して、貴重種どころか外来種だったのだ。
 中国南部やベトナムなど東アジアが原産で、中国から日本にやってきたのは明治時代というから、外来種として日本にやって来てからの時間はかなり長い。戦後、あるいは高度成長期以降にやって来た新参者に比べれば、はるか昔に日本に潜入していたことになる。それにも関わらず、植物図鑑にもほとんど載ることがなく、名前すらほとんど知られずにここまできたのは、ひっそりとどこかに潜んでいたという感じがある。

 ところが、最近になってセリバヒエンソウの姿があちこちで目に付くようになってきた。
 道端の明るい光が差し込むようなところに顔を出し、いつの間にか花を咲かせている。雑草≠ニして扱うには見栄えのするきれいな花なので、人家の近くにあると、誰かが植えたのではないかと勘違いするほどだ。あるいは、自然に生えてきても、あえて抜いたり、刈ったりしないのかもしれない。数年の間に、勢力範囲が急速に拡大してきた感がある。それまでの潜伏≠ェ嘘のように、裏社会から表の世界に出てきたようだ。気が付かないうちに生きる場所を拡大し、気が付けばそこの主のようになっている。今、セリバヒエンソウがいる場所にはかつて別の植物がいたはずなのだが…。

 植物の意志であるかどうかは別として、セリバヒエンソウは美しさを武器にして、したたかに生きる術を身に着けているように見えてきた。それが偶然なのか、それとも、そうなるようになるべくしてなったのか。
 雑草の敵は、葉を食う昆虫。そして、ホモ・サピエンス。昆虫には美≠ヘ通用しないが、感情を持つホモ・サピエンスには効きそうだ。

 昆虫は葉は食っても、植物体全部を食い尽くすまではしない。しかし、ホモ・サピエンスはその気になると、すべてを抜き去り、あるいは薬剤を撒いてまでして、その存在を根絶しようとする。自らの生息環境が汚染されようとも、断固として気に入らない植物は排除しようとするかもしれない。雑草≠ノとって、怖いのは昆虫よりもホモ・サピエンスの方だろう。
 そして、セリバヒエンソウは美しい花の裏に、毒草という別の顔を持っている。それは、トリカブトの美しい花に隠されたアルカロイドの毒とよく似ている。体内に入れば、痙攣、呼吸困難、心臓麻痺と恐ろしい症状を引き起こし、死に至らしめるという毒はトリカブトの毒にも引けを取らない。
 いつの間にか生態系の中に入り込み、美しい姿で、実はその体内には猛毒をたくわえているというこの植物のしたたかさにどこか不気味なものが見え隠れしているようだ。





TOPへ戻る

扉へ戻る