2018年10月
クマ?



クリは大豊作

 今年は例年になくクリが豊かに実った。かつてクリ畑だったというこの地のクリの木はすっかり大木となって、最近では次々と枯れているのだけれど、枯れる前の最後の頑張りでたくさんの実を付けたのかもしれない。おまけにどうした具合なのか、クリの実の中に入っている虫たちもとても少ない。夏の時期の記録的≠ネ猛暑で、昆虫たちもダメージを受けたのだろうか。クリを食べる分にはとてもありがたいのだが、消毒も何もしていないのにクリムシ≠ェ少ないというのはどこか不気味な気持ちが無いわけではない。
 おかげで、もういいよ、というくらいのクリを拾い、栗ご飯やら、栗きんとんやら、渋皮煮やら、レパートリー豊かにクリがお腹の中に納まったものである。連れ合いの持っているクリ料理のレシピは総動員だったようだ。
 この豊作に、どこからやって来たのか、知らない人が道路にクルマを止めて敷地内に入り込んで栗拾いをしている現場を目撃したのは一度や二度ではない。
 そして…。クリを目当てにやって来たのはヒトだけではなかった。
 クリの落下が最盛期を過ぎたころのこと。帰宅途中、家の近くの夜の山道で巨大なイノシシを目撃して、驚きながら帰宅すると、林の中の我が家の2階につけられた外灯が煌々とついていた。聞けば、何者かがクリ林にいて、バリバリとクリを食べていたのだという。それで恐ろしくなって、外の照明を点けたのだとか。それはライトで音のする方向を照らしても逃げず、「バリバリ」というクリの鬼皮をかみ砕く大きな音が続いて、ときどき「フゥー」という声にならないような音が混じっていたという。そして、バサッというような大きなものが動く音が一度だけして、やがて音も気配も無くなった、というのだ。
 「イノシシじゃないよね。」
 帰ってくるまで、連れ合いなりにその犯人を推測していたようだ。そう多くはないが、連れ合いも何度かイノシシにはある程度近い距離で遭遇したことがある。イノシシは「フゥー」と口から息を吐き出すような音よりも、「ブゥ」とか「ンゴッ」とかいうような鼻から出す音の方が聞こえることが多いというのである。また、クマが何かを食べるときには、ゴソゴソと動き回らず、座り込んで食べるらしいといことをどこかで聞いたようで、「バリバリ」というかみ砕き音だけがずっと続いていたということも、クマではないかという推測に結びついたようだ。ただ、あのクリのイガがバラバラと落ちている場所に座り込むというのはあまり想像できないのだが。
 翌日、音がしていたという辺りを見てみた。妙に林の下草がまばらになっているような場所はあったが、イノシシが掘り返したような場所はどこにもない。明らかに「ここに座り込んだようだ」という場所も見つからない。ただ、落ちているクリのイガに比べて実は圧倒的に少なかった。硬い鬼皮ごとバリバリと食ったというのであれば、状況に矛盾はない。
 そして、赤外線に反応してシャッターを切る自動カメラをクリの実が一番残っているあたりをターゲットとして設定しておいた。これに反応してくれれば、すべての謎は解ける。
 
 翌晩、庭にいたイヌの鳴き声で目が覚めた。時刻は午前1時くらいだったろうか。すぐに2階のベランダに出てみると、なるほど音がする。連れ合いの言う通り、バリバリという音。確かにクリを食べているようだ。そして、「フゥー」という声も。夜の静寂の中では、このバリバリ音はかなりのインパクトがある。連れ合いは、骨でもかみ砕いているようだという。残念なことに、自動カメラをセットした方向とは少し違っていた。
 外灯を点灯。しかし、食べる音は消えない。さらに強力なライトで音のする辺りを照らし見るが、変化はない。逃げるよりも食欲が勝っているのだろうか。もちろん、林の縁に生えているマント植物によって音の主の姿は隠されて見えない。
 そこで、1階へ降りて、ベランダへ出てみた。音はさらに身近に聞こえる。「フゥー」という声、そしてもっと小さな息づかいまでが聞こえるようだ。
 黒い姿を想像しながら、ライトを点灯してみる。だが、やはり何も見えない。音だけがリアルに聞こえてくる。ここで突進されたら…ひとたまりもない。イノシシにしろ、クマにしろ、どちらにしてもただでは済みそうにない。それ以上踏み込むのは危険すぎる。
 …やがて、気配が消えていった。林の中をバサバサと歩くような音は聞こえなかった。相手もこちらの様子を察して、じっとしたまま静かにしているのか、それとも音もなく去っていったのか。もしそうだとしたら忍者のような奴である。
 翌日、あらためて気配を感じたあたりを見てみたが、やはり地面を掘り起こしたような形跡はなく、それほどあちこち踏み荒らした様子もなかった。夜に聞いた音の感じと合わせて考えると単独のようだ。自動カメラを確認してみると、1コマだけ作動していたが、そこには動物の姿は何も写ってはいなかった。
 
 数日後、登り窯に火が入っていたときにもやって来た。すっかり餌場として認識してしまったようだ。夜通し薪を焚き続ける窯場は照明が灯され、人の気配が庭に溢れていたというのに、イヌの吠え声で気が付けば、いつもの方向からバリバリと音が聞こえてきていた。もちろん、逃げる様子はない。
 窯焚き最終日には榛名山東麓の伊香保温泉で料理長をやっているというIさんが、榛名山を超えて陣中見舞いにやってきてくれた。すると、やって来る途中でクマを見たというのである。それもこの近くで。夜のことではない。白昼堂々のクマ出現である。
 今から考えると、連れ合いが最初にバリバリ音≠聞いた日に、帰宅途中で目撃した巨大イノシシと思ったものはクマだったのかもしれないと思えるようになってきた。斜面を横向きに上っていた姿は顔を確認したわけではなく、その大きな四足の姿から勝手にイノシシと思い込んでしまっていたところがある。そういえば、ずいぶんと黒かったな…と思い出すのである。
 
 決定的な証拠を期待している自動カメラは今のところ、空振り続きだ。敏感なクマは何やら察知して、うまくかわしているのかもしれない。
 クリはときどき忘れたころに風に吹かれて落ちてくるものがあるけれど、ほぼ落ちきったようだ。林床に落ちたクリの実はまだまだ残っているが、日々何者かが消費している。それはヒトであったり、雑食性のキツネやタヌキであったり、リスやネズミの小型の哺乳類であったり、あるいは昆虫であったり、菌類などの眼に見えないものたちも関与しているにちがいない。それほど時間のかからないうちに、ほとんどのクリの実はなくなってしまうことだろう。
 クリの落下とともにやって来た謎の生物はクマの気配をプンプンさせたまま、決定的な証拠を残す前に姿を消してしまうのだろうか。
 

 





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