2017年10月
ミョウガの実



ミョウガの実   2017.10.31.



 “これって…何だと思う?”
 近くに住むNさんがスマートフォンの中にあった画像を見せてくれた。
 ミョウガの花の咲いた後にできたという不気味なほど真っ赤な何か。それは、大きく3つに割れ、まるで赤い花びらのように見える。
 何?何?
 その場にいた連れ合いも興味津々で見入っている。
 聞けば、Nさんの庭にあるミョウガ畑にいくつかこんな見慣れないものが生えてきたのだとか。
 ミョウガの花…?
 いやいや、ミョウガの花はいつも見慣れているクリーム色のあれだ。いつもミョウガとして食べているのはつぼみの状態で、ミョウガは花が咲いてしまうと、あの食べる部分はスカスカになってしまって、食用としては適さないような状態となってしまう。 たいていの場合、すべて採りきる前に、花が咲き出してしまうので、ミョウガの花は毎年見慣れた存在であって、間違えるわけがない。
 冬虫夏花のようなものでは…?と思ったが、よく見れば、3つに割れたような赤い何かの中に白っぽい球形のものが見える。
 …とすれば、これはやはり実?
 あーでもない。こーでもない…。と、その場にいた4人の間でにわかにその正体をめぐっていろいろな推測が飛び交った。そして、やがて当たり前のところに落ち着いた。それは、やはりミョウガの実。赤い部分は果肉で、その中にあったのが実らしいということ。
 花のあとにできるものといえば実であるのは当たり前なのだが、誰もが花は見たことはあっても実を見たことはなかったし、あまりにその奇抜な姿に実であることを疑っていたのだ。
 その数日後、もしかして家のミョウガにも…?と思いついて、すでに枯れかけて重なるように倒れている家に生えていたミョウガを見に行ってみた。
 すると…、あった。唯1つだけ。あの写真のように真っ赤な色をして3つに分かれて大きく開いた花びらのような果肉。こんな鮮やかな赤だったのに、これがどうしてこれまで眼に入らなかったのか。そこには見せてもらった写真にも写っていた小さな白い球体が2つくっついていた。よく見れば、白く見えるのはその表面を覆っている皮でその中に黒いいかにも種らしいものが入っている。
 ミョウガは地下茎で増えていくというのが一般的な話だ。植えられたミョウガは毎年どんどんと増えていくように見えるけれど、それはみんな地下茎でつながっているクローンということになる。1つの全く同じ遺伝情報で勢力範囲を拡大していくのだから、病気には弱い。病原体がそのミョウガの群落に侵入してきたとき、いろいろな遺伝子で作られた群落であれば、中にはその病原体に耐性を持つ個体もあるかもれしないが、クローンではあっという間に全滅してしまうこともある。
 榛名山西麓はミョウガの産地で、かつて「ミョウガの里」として力を入れていた時期があったと聞いている。ところが、あるときに病気が流行って、あちこちで栽培されていたミョウガが次々と枯れてしまったのだとか。かつてはミョウガ畑だったという場所が、今は雑木林に帰りつつある。
 ところで、ミョウガという植物の遺伝子は5倍体なのだという。5倍体というのは、1つの細胞の中に同じ働きをする染色体が5つずつ入っているということを意味する。
 精子と卵が受精卵となって、そこから発生する動物ならば、オスとメスからそれぞれ遺伝情報をもらうことになるので、通常は同じ働きをする染色体は2セットになる。ヒトもネコも魚も、みんな1つの細胞の中には2セットの染色体を持っている。
 ところが、植物の中には2セットではなく、3セット、4セット、5セット…とたくさんの染色体を持つものが結構ある。通常状態の染色体数よりも多くなると、種を作れなくなったり、作りにくくなったり、その植物と同じ子供ができなくなったり、といくつもの問題が起きてくるのだが、人間にとっては良いことも起こってくる。姿が大きくなったり、姿だけではなくそこに実る果実も大きくなったり、種ができなくなって食べやすい果物が生まれてきたりすることもある。このために薬品処理などをして染色体数を増やし、野菜や果物を作り出しているのだ。
 生殖細胞である精子や卵ができるときには、細胞は減数分裂という特別な細胞分裂をする。この減数分裂により、2セットある染色体をそれぞれ1セットに減らして、精子や卵の中に分配するのだ。減数分裂により染色体数をあらかじめ通常の半分にしておき、受精卵となったときに通常の状態に戻るようにする仕組みである。
 染色体の数が2セットならばきれいに2つに分かれるが、ミョウガのような5倍体では半分にすることができない。「5」を2つに分けるとすれば、1と4か、2と3である。このため、たとえ受粉してもできる種が親と同じ染色体数になるとは限らない。そして、できた種を蒔いたとしても、成長してきたミョウガは親とは違った姿になるかもしれない。
 おそらくヒトによって作られたであろうミョウガという植物は、種を作って増えることが困難な宿命を負っているのだろう。 道理でこれまで結実したミョウガを見なかったわけである。
 「ミョウガの結実に及ぼす受粉時季と相対湿度の影響および自殖後代における染色体数の変異」(1991年・安谷屋信一)によれば、ミョウガの花粉の発芽や花粉管伸長に最適な温度(20℃〜25℃)で、さらに高湿度の条件下であれば結実する割合が増えるとしている。
 今年の夏は異常に雨が多かった。そのおかげで気温もそう高くならなかった。この夏のこんな不順な気候がミョウガに実を結ばせるという思わぬ結果に結びついたのかもしれない。
 それにしても、雨の降るような高湿度の中、地面すれすれに顔を出したミョウガの花から花粉を運び出したポリネーターは何者だったのだろうか。
 ミョウガの実の謎はつきない。





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