2017年10月
ドロハマキチョッキリ



ドロハマキチョッキリ・ベニホシ型   Byctiscus puberulus
  2017.10.15. 榛名山西麓 



 雨上がり、庭に生えたタラノキの葉の上に、金属光沢の緑色のゾウムシを見つけた。よく見れば、硬いキチン質の前翅には赤味がかった部分もある。もちろんこの部分も金属のような光沢で輝いて、ゾウムシの全身が小さな宝石のような光を放っている。
 体長は長い吻を入れても1cmにわずかに足りないくらい。ゾウムシとしてはそれほど小さなものではないが、見ようとしなければ見逃してしまうような大きさである。
 これによく似たドロハマキチョッキリは何度か見たことがあるが、背中に赤い光沢を持ったものは記憶がない。さっそく「原色日本甲虫図鑑W」(保育社)を開いてみると、「ベニホシハマキチョッキリ Byctiscus puberulus regalis 」にたどり着いた。ドロハマキチョッキリの隣に載っている。ドロハマキチョッキリの学名は「Byctiscus puberulus 」となっているから、これはドロハマキチョッキリの亜種ということになる。道理でよく似ているはずだ。ところが、さらに調べていくと、研究が進んで現在は「ベニホシハマキチョッキリ」という亜種名は存在せず、ドロハマキチョッキリに統一されたとのこと。「ベニホシハマキチョッキリ」はちょっと色が変わっただけのドロハマキチョッキリということになったということらしい。
 それにしてもこの緑色の金属光沢は見事だ。緑色一色のドロハマキチョッキリも美しいが、この緑色におぼろげな赤い色が加わった“ベニホシハマキチョッキリ”改め「ドロハマキチョッキリ・ベニホシ型」はその上をいく。
 この金属光沢はどうやって生み出されているのだろうか。このドロハマキチョッキリに限らず、甲虫類には全身を緑や赤や青の金属光沢で覆っているのがときどきいる。タマムシはその代表的な存在だろう。
 そもそも金属光沢とは…?
 金属の色は単なる光の反射ではない。金属特有のあの光は、金属元素の性質に由来する光だ。金属を特徴づけるのは金属結合とよばれる金属元素特有の化学結合である。金属元素の原子が規則正しく並び、その間を原子核に束縛されない自由電子が動き回って原子を結びつけている。自由電子は“自由”とはいえ、電子自体がマイナスの電荷を持っているので、電子どうしが近づけば反発し、激しく振動することとなる。ここへエネルギーを持った光(光子・フォトン)が入ってくると、その激しく動く自由電子との相互作用で、光を再放出するというのだ。ミクロというよりも、さらに小さな量子の領域の話である。
 ところが、金属光沢のように見える甲虫のあの色はそれとも違うのだという。それはそうだ。昆虫の体は金属でできているのではなく、外骨格の硬い体はキチン質である。キチン質を作っているのは炭素と水素と窒素と酸素で、金属元素は使われていない。
 いくつかの解説を読んでみて、その謎が解けた。一見金属光沢のように見える甲虫の体の光は、干渉色による光なのだ。干渉色とは、ある条件下で特定の光の波長が重なり合うことで強め合い(干渉し合い)、その波長の光の色が強く輝いて見えるというものである。シャボン玉の表面や水の上に浮かんだ油が赤や緑色に見えるのも干渉色である。
 ごく薄い膜に光が当たった場合、その表面で反射する光と、下の層で反射する光は位相がずれて反射することになる。そのため、ある波長の光は打ち消し合い、別の波長の光は強め合うという状況が生まれる。光の色を決めるのは波長である。ドロハマキチョッキリの場合は、表面を覆う薄いキチン質の膜の厚さが緑色の光の波長を強め合うような厚さであったということになる。そして、その中にわずかに厚さの違う部分があって、そこだけ赤い色を強め合うようになったものが“ベニホシ型”というわけだ。宝石のような光はやはりただものではなく、それなりのからくりがあって生みだされている光だったのである。
 自然界には“○○の宝石”と称されるものがいくつかある。カワセミのあの神秘的なコバルトブルーも、タマムシの“タマムシ色”も、そのメカニズムの違いはあっても、干渉色であるというところで一致する。本物の宝石であるオパールの輝きも真珠の輝きも同じだ。
 自然の中で神秘的な不思議な輝きを放つものが見えたとき、それは何らかの原因による干渉色なのかもしれない。自然界の不思議な光のキーワードの一つは「干渉色」であることは間違いないだろう。





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