2016年7月
エゴノネコアシ



エゴノネコアシ    2016.7.11. 榛名山西麓




 昨年の7月のはじめのこと。中之条町に住むWさんから連れ合いがエゴノキを託されてきた。
 エゴノキの白い花が咲いていたのは5月頃のことで、7月はその花は実になっている頃である。そのエゴノキに見慣れない変な実がたくさんついている…、ということでそれを託されてきたのだった。
 見覚えのあるその特徴的な姿は「エゴノネコアシ」だった。虫えい(虫こぶ・ゴール)の一種である。
 確かに、それはネコの指球の様子に似ている。だが、小さなバナナの房がぶら下がっているようにも見える。いずれにしても、虫えいとしてはユニークな形だ。
 エゴノネコアシはエゴノキに付いたアブラムシ、その名も「エゴノネコアシアブラムシ」がエゴノキの新芽に卵を産み付けた結果、その部分が変形してこのような奇っ怪な形となったものとされている。当然、この中にはその卵から孵ったアブラムシたちがいるはずだ。
 試しに「猫の指球」というか「バナナの1房」をちぎって中身を見てみると、確かに小さなルーペで見なければ判らないような1mm程度の虫たちがいくつも出てきた…。
 
 …そんなことがあったこともすでに忘れていた今年の7月の上旬のこと。
 招待されて中之条のW宅を訪れると、御主人がさっそく今年のエゴノネコアシを持ってきてくれた。もうすっかりエゴノネコアシは驚きの対象ではなく、W家の生き物の1つとして認識されたようだ。
 エゴノネコアシアブラムシの一年は次のようなものらしい。
 春先、エゴノキで越冬していた卵が孵ると、翅を持たないアブラムシはエゴノキの芽から樹液を吸う。これが刺激となってエゴノキが虫えい・エゴノネコアシを作る。夏になると、エゴノネコアシの中では翅の生えたアブラムシが誕生して、イネ科のアシボソやチヂミザサなどへ飛んで住みかを変える。ここでは翅のないアブラムシが生まれるが、秋になるとまた翅の生えたアブラムシが生まれ、今度はエゴノキへと飛んで再び転居する。ここで受精卵を産んで、翌年の春まで卵が越冬 − これが1サイクルである。
 一年のうちに2回の引っ越し。そして、翅が生えたり生えなかったりと、かなり複雑な生活史を持っているものである。
 昨年、連れ合いがWさんからエゴノネコアシを託された翌日、榛名山西麓のエゴノキにもエゴノネコアシを見つけた。
 そして今年、Wさん宅でたくさんご馳走になって帰宅したその夜、星空を見ようと望遠鏡の小屋の天井を開けると、そこにもエゴノネコアシがぶら下がったエゴノキの枝が見えた。見つけようとして見たのではなく本当に偶然である。
 季節は巡る。7月の上旬はエゴノネコアシに出会う頃合いなのだろう。
 ヒトはそれを忘れてしまうけれど、自らの生を生きているエゴノネコアシアブラムシたちは忘れはしない。何かによって決められたプロセスをひとつずつ、ひとつずつ、着実に進めていくだけ。たぶん、彼ら自身、なぜ翅が生えるのか、なぜ自分には翅がないのか、なぜ別の植物の所へ飛んでいくのか… そんなことは考えない。自分がするべきことをするだけ。一年のサイクルがこうして、いつの間にか繋がっていく。





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