2016年6月
ホウネンダワラ


 庭の小さな畑の一角にあるイチゴの実りがピークとなったようだ。雨でも降って収穫を休んだ翌日には小さなカゴ一杯では入りきらない程のイチゴが赤くなっている。
 そのイチゴの葉の裏に小さなマユのようなものがぶら下がっているのを見つけた。クモの糸のような細い糸が撚りあわされたようなものの先に、カイコのマユをぐっと小さくしたような形の回転楕円体が風に揺られていた。ただ、カイコのマユのように白一色ではなく、黒い帯のような模様が入っている。その長径は約5mm、ぶら下がっている糸の長さはおよそ20mmといったところだ。
 一瞬、クモの卵のうか…?と思ったが、もしや、これはうわさに聞く“ホウネンダワラ”ではないか!?
 見ていると、突然、それがピョコン!と動いた。それまでも風に揺れてくるくる回ったり、振り子のように揺れたりしていたことはあったが、そんな動きではなく、自らの意志をもって、ピョコンとしたのだ。マユとはいえカイコのようなものとはずいぶんと違う。まさしく生きている、といった感じだ。しばらくそんな様子を見ていると、30秒から1分くらいの間隔でときどきピクピクしたりしている。見られているのが判っているかのようである。


“ホウネンダワラ” 
2016.6.17.  榛名山西麓
 「ホウネンダワラ」の名前を知ったのは一年ほど前のことだった。
 連れ合いが生まれ育ったのは陸の孤島とも称されるらしい高知県土佐清水市の山間部の上野村という集落である。そのころの昔の話を聞くと、都会の生活から隔絶されたような田舎の暮らしに驚かされることが多いのだが、その上野の集落に今も住んでいる西村さんという方が地元の高知新聞に「ホウネンダワラ」について投書したものを読んだ。すでに90歳に近いという西村さんがまだ若い頃見た田んぼのイネについていた美しいホウネンダワラの思い出である。戦後、アメリカから様々な農薬が入ってきてからは見かけなくなったというから昭和の初期のことだったのだろう。
 この記事をきっかけに“ホウネンダワラ”とはヒメバチの仲間が作るマユにつけられている名前である、ということを知った。ヒメバチの仲間は、イモムシや毛虫やいろいろな幼虫に卵を産み付ける寄生蜂である。

 “ホウネンダワラ”は漢字で書けば「豊年俵」。「俵」はマユの形からの連想だろう。そして、それを修飾する「豊年」の意味するところは…?
 寄生蜂であるヒメバチに卵を産み付けられたイモムシや毛虫たちは、やがて孵化したヒメバチの幼虫に食われてしまうことになる。ヒメバチの幼虫たちは畑の野菜や田んぼのイネを食害する“害虫”を退治してしまうわけである。こんなわけで、ヒメバチがたくさんいると、イモムシ・毛虫たちが減るから、豊作になるという論法ができあがるわけだ。自然界がそんなに単純なものとは思えないが、収穫量についてプラスの効果として働きそうではある。
 さて、このイチゴの葉についたホウネンダワラは何というヒメバチのものだろうか。文一総合出版の「ハチハンドブック」を開いてみると、載っているのは「ホウネンダワラチビアメバチ」というのしかない。このホウネンダワラチビアメバチはイネの害虫として知られるフタオビコヤガに寄生することが判っているから、まさに、稲の豊作のシンボルのようなものか。
 一方、「WEB寄生蜂図鑑」によるとヒメバチ科は2016年4月13日現在で、1588種と13亜種が記録されているという。このすべてがぶら下がったようなホウネンダワラを作るわけではないだろうが、とても種類を特定することはできそうにない。
 
 翌日、いつものようにイチゴの収穫をしようと、ホウネンダワラのあった場所をのぞいてみると、不思議なことにそれは跡形もなく消えていた。マユの残骸も、ぶら下がっていた糸さえ見あたらない。前の日のあの激しいマユの動きは成虫となったヒメバチがマユから出るための行動だったのか。それとも、鳥か何かに見つかって食われてしまったのか。それにしても痕跡がないとはどういうことなのか…?
 謎を残したまま、発見からわずか1日でホウネンダワラは消えてしまったけれど、そのおかげかどうか、今年のイチゴは今までで一番の収穫量になりそうである。





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