2016年6月
6月のセミしぐれ




沼の原の疎林     2016.6.11.



 梅雨の晴れ間、山麓から榛名山の山頂へと続く県道28号線をクルマを走らせていると、開け放った窓からセミの声が聞こえてきた。一度聞こえ出したセミの声は、それから断続的にずっと山頂のカルデラまで続いていた。道路は下ることなくひたすら上がっていくから、最初に聞こえた高さが下限で、それ以上の高さの場所にこのセミたちは生息しているのだろう。鳴き声が聞こえ始めたのは標高900mあたりだっただろうか。
 この季節に、この高さの広葉樹林で鳴くセミとしたら、エゾハルゼミである。
 榛名湖でも鳴き声は続いていた。榛名山の山頂付近一帯がセミの声に包まれているような感じだ。盛大なセミ時雨である。
 その姿を見つけてみようとカルデラの内部に広がる沼ノ原の一角にクルマを停め、望遠レンズを持って探索に出かけてみた。。
 クルマから出ると、セミの声は一層大きく聞こえてきた。
 図鑑などではエゾハルゼミの聞きなしは「ミョーキン、ミョーキン、ケケケケケ…」などと書かれているが、どうもピンとこない。たくさんの声が混ざり合って、よくわからないのである。
 沼ノ原に生えている木はそう高い木ではない。ミズナラやアカマツが目立つが、ズミやカシワなども木本として終わりかけたツツジの花の上に葉を広げていた。そんな木立のあちこちからエゾハルゼミの声が聞こえてくるのである。しかし、音の出所を探ろうとするのだが、なかなか特定することはできない。こんなことなら双眼鏡を持ってくれば良かった。
 それほど高くない沼ノ原の木ならば見つけることができそうだ…、と思ったのたが、なかなか手強い。
 ゆっくり、ゆっくり、場所を変えながら、音源を探り続けた。自分が動くことで、音源の位置を三角測量でもするように推定しながら、眼を凝らす。ときには望遠レンズで舐めるように樹肌を見ていく。
 …
 …
 いつの間にか、昼過ぎの頭の上に輝いていた太陽は西へ傾いてきた。上を眺め続けた首が痛い。すでに見つけ始めてから3時間近くが経過していた。
 夕方が近づいてくる頃。心持ちセミの声が少なくなってきたような気がする。声はするのにこんなに探しても見つからないとは…。
 少し諦めかけてきたときだった。通りかかったそれまで静かだったミズナラの木で、鳴き始めた。すると、それに呼応するかのように、別の個体も鳴き始めた。そして、また別のが…。1本のミズナラで少なくとも3個体のオスが鳴き始めたのだった。
 その場で足を止めて、音源の方向を凝視すると、見えた!枝の途中で、真横から見る位置にセミの透明な羽が眼に飛び込んできた。透き通った羽が無ければとても見つけることなどできなかったことだろう。
 数枚真横からの写真を撮ると、少し正面に近い位置から見てみた。すると、いるはずのセミの姿が見あたらない。飛んで逃げたか…、と思って、発見した位置から見直してみると、同じようにいる。何度かそんなことをくり返して、ようやく真横以外からの姿を撮影することができた。いる位置が判っているのに、見つからないとは、相当な擬態の技である。あるいは、人間の眼が節穴なのか…?3時間近くも探して見つからなかったわけだ。


やっとみつけたエゾハルゼミ


 時刻はすでに午後4時になろうとしていた。気がつけば、あれほど盛大だったセミ時雨が散発的になり、やがて、間もなくして鳴き声が消えた。夕暮れの雰囲気が漂ってきたとはいえ、まだまだ6月の晴れた空は明るいというのに、エゾゼミ達は何をきっかけとして演奏会をやめたのか。理由は判然としないが、どうもこの日の公演はお開きらしい。終演ギリギリで、お情けのように1匹が姿を見せてくれたというところか。
 セミ時雨が終わった榛名山の山頂部は急に静寂に変わっていった。やかましいくらいのセミの鳴き声だっただけに、その音の消え去った後には不思議なことに寂寥感さえ漂う。西へ傾いてやや弱まった6月の太陽の光がそれに輪をかけていた。





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