2016年3月
伐  採




伐採されたハルニレの大木  年輪を数えると樹齢は約30年ほど

 家の近くにあって倒れたら屋根を壊すかもしれないというケヤキと、葉が茂る季節になると地デジの電波をさえぎっているのではないかという疑惑をかけられているハルニレが切り倒された。そのうち薪ストーブ屋を開きたいという伐採のセミプロともいえるNさんの仕事は緻密で、木は倒すべき方向に正確に寝かされた。どちらも間違った方向に倒れたら大変なことになりそうな大きな木で、素人が手を出せるようなものではなく、職人芸のようなその手際の良さには感心するしかなかった。

 大きな木がなくなった後、その場に立って上を見上げるとそこには大きな空が広がっていた。大きな木だけあって、空にひろげた枝が占めていた面積は想像以上のものである。自然界では、森の中の大きな木が何らかの原因で倒れることで光が差し込むようになった場所を「ギャップ」と呼ぶ。ここではそれまで大木の樹冠で受け取っていた太陽光が林床にまで届くようになり、それまで育つことができなかった草本や陽樹が育つようになる。
 自然界では、仮に植物も生えないような荒地があったとしても、時間と共に荒地は草原へ、草原から低木林へ、低木林から陽樹の林へ、陽樹の林から陰樹の林へとその姿を変えていくのが常だ。それを「遷移」というが、ギャップの場所では、それが少しだけリセットされた状態になるのである。
 大きな木が倒れるということは、その木が大きければ大きいほど、環境に及ぼす影響も大きいに決まっている。それは陽当たりのことだけではない。
 昆虫の中には、その植物しか食わないという偏食者がいる。毛虫やイモムシたちが葉ならなんでも食うと思ったら大間違いだ。極端な場合、一種類の植物しか食わないという偏食者だっている。そんなものたちにとって、近くに同じ種類の植物が生えていなかったら餓死するかもしれない。そして、もしかすると、その偏食の昆虫を専門に食っている別の偏食の生物もいるかもしれない。依存している1本の木が倒れることによって、連鎖的に食べ物がなくなっていくことだってあり得る。自然界は思わぬところで、全く関係のなさそうに見える者どうしがつながっていたりするものだ。
 この木が倒れても他に代わりの木があるだろうか…?この木に依存しているた生物達は大丈夫だろうか…?林の木を切るときにはいつも考える。それは大きな木を倒すときだけではなく、高木の下に生える低木や草木についても同じだ。
 きれいに下刈りされた低木のない雑木林は、良く手入れされた林に見える。確かにスギ・ヒノキ等の植林に比べれば、生物の多様性ははるかに豊かだろう。だが、高木・亜高木・低木・草本と林の層状構造がすべてきれいに使われている雑木林に比べれば、そこに暮らす生物の種類は見劣りがするに違いない。
 どんな林がより豊かな生態系になるのか。何を切って、何を残したらいいのか。秋から初春の伐採の季節、チェンソウを持って雑木林に入っては、一本一本の木を眺めながら、この木が無くなったら林はどう変わるか− などと将来の姿を想像し、考える。
 ケヤキとハルニレの伐採で作られたギャップはこれからどんな展開をするのか。急に見通しの良くなった雑木林の今後を心配しつつ、興味津々でこれからの芽生えの季節の成り行きを見守りたい。





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