2016年2月
オオイヌノフグリ



オオイヌノフグリ  2016.2.21.  榛名山西麓


 暦の上では春とはいえ、標高700mの2月はまだ厳冬期である。陽射しのある日中は暖かさも感じることもあるが、日没間近になると冷気が増し、夜は確実に氷点下にまで気温は下がる。昼間溶けた雪や霜の水分は地中や地表で再び凍り付き、昼間緩んだ地面は固い冬の凍てついた地面に戻っていく。
 そんな過酷な冬の地面にオオイヌノフグリの青い花が咲いているのを見つけた。雑草として漠然と見ただけでは気がつかないが、近づいて1つの花をよく見れば、その青い4枚の花弁には何本もの紫色の細い線が走っていて、上品な姿である。この花がもう少し大きかったら、もう少し気に留めるような人が増えることだろう。
 この季節に花をつけている植物はそうはない。このあたりの地面で花を見るとすればこのオオイヌノフグリかホトケノザくらいなものである。もう少し季節が進んだころになって畑の縁などで見かけても、気にすることは少ないのだけれど、他に花のないこの季節には貴重なものに見えてくる。
 しかし、何を好き好んでこの凍りついたような地面で花を開くのだろうか。
 オオイヌノフグリは虫媒花である。花を訪れた昆虫たちに花粉を託し、別の花のところに運んでもらって受粉させるというよくあるタイプの植物だ。だが、この厳冬期に野外で動き回る昆虫を見ることはまずない。蝶やハチはもちろんハエさえ見ない。生ゴミを捨ててある場所にも動くものはない。もしやと思って、糖蜜を雑木に塗って越冬蛾たちを待ったこともあったが、そこにも何者もやっては来なかった。
 せっかく開くオオイヌノフグリの花だが、おそらくそこにやってくる昆虫は皆無である。
 
 そこにオオイヌノフグリの花があるということを認識してから、ときどき花をのぞきに行った。もちろん、相変わらずそこに昆虫の姿はなかったのだが、そのうちに、そこにいくつもの花びらが落ちていることに気づいた。オオイヌノフグリの花は一日花だったのだ。いつも花をつけているので、ずっと同じ花が咲いているのだと思い込んでしまっていたのだが、咲いては落ち、咲いては落ち… と、アサガオのように日々新しい花が咲いていたのである。
 毎日のようにムダな花が散っていく…?
 最初はそう思って落ちていた花弁を眺めていたのだが、そんなわけでもないようだった。
 調べてみると、昼間開いていた花は暗くなる頃には閉じ、花弁が閉じることによって雄しべと雌しべがくっついて、同じ花の中で受粉が完了するというのだ。自家受粉である。こうしてできる種は親と同じ遺伝子=クローンであるが、子孫が絶えるという最悪の事態は避けられる。他の株の遺伝子が混じり合う事はないけれど、保険はかけられるというわけだ。
 そうして、もうしばらくすれば花粉を運んでくれる昆虫たちも花を訪れてくれるようになり、他家受粉も始まることだろう。

 畑や道端で我が物顔で花をつけるオオイヌノフグリだが、実は外来種である。帰化したのは明治のはじめの頃とされているが、あっという間に日本全国、どこにでも見られるような雑草となった。
 よく似た在来種とされるイヌノフグリはオオイヌノフグリに遅れること約1〜2ヶ月で花期になる。このころになれば早春の虫たちも飛び交って、昆虫たちによる交配も十分に期待できるようになることだろう。イヌノフグリは昆虫に合わせたオーソドックスな生き方をしているといえる。それに対してオオイヌノフグリは先手を打って、虫も現れないうちからせっせとクローンの種を作り始めているのだ。
 今まで芽生えに気がついたことはないが、オオイヌノフグリが芽を出すのは秋のことという。気がつけばいつの間にか冬の地面に葉を広げている、というのが正直な感想だ。
 秋から冬の季節、オオイヌノフグリにとってライバルはまずいない。他のライバルがいないところで、いちはやく葉をひろげ、地道にクローンを作り始めるのだ。
 こうして、ヨーロッパ原産のオオイヌノフグリは今やアジア、南北アメリカ、オセアニア、アフリカと、どこにでもいるコスモポリタンとなった。その一方で、イヌノフグリは環境省のレッドリストでは絶滅危惧U類にリストアップされるほど数を減らしてしまっている。
 抜け目ない一枚上手のオオイヌノフグリは、平凡な生き方をしてきた在来のイヌノフグリのニッチ(生態的地位)を奪いとってしまったようだ。





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