2016年11月
女王の残した逸品



コガタスズメバチの初期の巣     2016.11.17.



 訪ねていったIさん宅の玄関の軒下に徳利をひっくり返したようなものがくっついているのを見つけた。一合徳利よりもひとまわり大きい。
 表面には薄茶色とこげ茶色の縞模様が不規則についている。コガタスズメバチの初期の巣だ。
 一般によく知られているコガタスズメバチの巣は、バスケットボールくらいの形と大きさで、ツバキなどの良く茂った樹木の内部に作られていることが多い。こんな形と大きさになるのは巣の規模が最大近くになる秋のことで、その巣の表面にはやはり薄茶色とこげ茶色の縞模様がついている。
 この縞模様は巣材の違いによるもので、別にスズメバチがデザインしたものではない。 ハチの巣の材料は樹木の皮や木材などである。巣を作る働きバチたちがどこかの樹木の一部を囓りとってきて、それに自分の唾液を混ぜ合わせて材料とし、それを塗り固めていくことで巣が作られていく。天然の紙のようなものだ。あのスズメバチの巣特有の縞模様は、働きバチたちそれぞれが運んできた素材の色の違いを反映しているものなのである。
 ところで、模様こそ似ているけれどバスケットボールのような形の巣とはまるで違うこの徳利型の巣は、たった1頭のハチによって作られたものである。越冬から覚めた女王バチが最初の卵を産むために自ら作りあげた巣なのだ。
 偶然にも1ヶ月ほど前、Iさんの軒下にあったものと同じような巣を頂いたことがある。手で持ってみると、あまりにも繊細な作りで、不用意に触れようものならばすぐに壊れてしまいそうである。実際、最初に触れたときには、誤って徳利の首の部分を壊してしまった。
 その壊れてしまった部分からのぞいてみると、中には見慣れたアシナガバチの巣のような六角形を集めたハニカム構造の巣が見えた。数えてみると、六角形の部屋は21室。ここに最初の働きバチの卵を産んで、21頭の働きバチを育て、そして21頭の働きバチをしたがえて巣を大きくしていくはずだったのだろう。
 だが、冬になろうとするこの時期に、このような姿で見つかるということは、この巣を作った女王の身に何らかのアクシデントがあったことを意味している。本来ならばこの徳利型の巣の外側に巣が拡大されていくはずなのだから。Iさん宅の軒下の徳利型の巣はその改築工事が少し進んだ状態で放置されていた。
 あるとき、頂いた巣があまりにも壊れやすいので、ちょっと補強しようと思って、木工用ボンドを水に溶いたものを巣に染みこませようと試みたことがある。だが、絵筆につけた薄めた木工用ボンドは表面に付いただけで、少しも染みこんではいかなかった。ハチの唾液に含まれていた成分が水をはじくのだろうか。紙のようなものとはいえ、防水効果は抜群のようだ。
 いったい表面はどんなことになっているのだろうか、と思ってルーペでのぞいてみた。遠目でもザラザラに見える表面は拡大してみると、長さ1〜2mmの短冊状の繊維質が縦・横・斜めに緻密に張り付いている。
 女王バチはこの巣を作り上げるのに何度巣材を運んできたことだろう。たった1頭で、樹皮を囓りとってきては唾液で練り、貼り付けていったその作業は、地道でかつ繊細な極上の仕事に見える。
 “いい仕事してますね〜”骨董品鑑定士のあの人ならそんなコメントをしそうな逸品といえるかもしれない。


頂いた徳利型の巣 


内部には六角形の巣がある


巣の表面をクローズアップしてみると…





TOPへ戻る

扉へ戻る