中国の三大珍味とは、フカヒレ、アワビ、燕の巣をさすのだとか。さらにそれにナマコを加えて四大珍味なるものもあるらしい。人は同じようなものを3つ並べて“三大○○”とするのが好きなようで、いろいろな「三大○○」を見かける。
ネット上には、そんな中国四大珍味とはちょっと異なった組み合わせも見かける。フカヒレ、ナマコ、熊の手、ヤマブシタケ、である。別に科学的な根拠や、定義があるわけではないので、何を4つ選ぼうが好みの問題として片づけられそうである。少しくらい組み合わせが違っていてもそれでそう困ることはない。販売戦略の1つとして、言った者勝ちといったところだろう。
その四大珍味の当落線上にランクされるヤマブシタケに出会った。榛名湖の湖面にせり出すように生えているミズナラの木でである。
ヤマブシタケは原木栽培でも菌床栽培でも栽培が可能になっているキノコで、スーパー等で見かけることはまずないが、一部では市場に流通している。とはいえ、日本では“幻のキノコ”と表現する人もいて、野生のものを見かけることはあまりない。枯れた木の幹から長い白いたくさんの髭を垂らしたようなその姿は見間違うことはないから、見かければすぐに判るのだが、これまでに野外で見たのは、埼玉県の伊豆ヶ岳で見て以来、これで2度目である。クマと遭遇した回数よりも遙かに少ない。
四大珍味に加わろうか、というくらいだから食べ方はいろいろある。そして、後から判ったことだが、αグルカン、βグルカン、ヘリセノン、エリナシン、抗酸化物質数種類、などの物質が含まれていて、薬用として抗認知症や抗腫瘍等の治療にも利用が期待されているキノコでもあるという。
さて、どうしたものか…?
手を伸ばしてもとても届きそうにない。採るためには木に登らなければならない。ヤマブシタケは枯れた広葉樹に生えるはずだが、生えているのはまだ枯れてはいないミズナラだった。下からではよくわからないが、おそらく、ヤマブシタケが生えている部分は、枝が折れたりして枯れた部分なのだろう。登って幹が折れるという心配はなさそうだ。ただ、木は湖面にせり出しているため、落ちれば榛名湖にドボン!ということになるかもしれない。
以前ならば、おそらく登って採集しただろう。食べられると判っている安全なキノコをみすみす見逃すわけがない。ましてや、レアもののキノコである。
だが、今は少し違う。
福島の原発の事故の後になる2012年、ガイガーカウンターを持って、榛名湖を訪れたときのこと。スイッチを入れると、突然アラーム音が鳴り出した。買ってから初めて聞いたガイガーカウンターのアラーム音である。表示された値は瞬間的には0.91μSvまで上がった。ホットスポットだった。
ヤマブシタケを見つけた場所は、そのホットスポットから少し離れたところになる。
ヤマブシタケがどうなのかわからないが、一般的な傾向として、キノコ類は放射性物質を取り込んでいる量が多いとされている。平成27年9月1日の時点で、群馬県内の沼田市、東吾妻町、高山村、安中市、長野原町、みなかみ町では野生キノコについて、国からの出荷制限指示が続いている。解除されたというニュースはまだ見ていないので、2016年10月現在もこの状況は変わっていないはずだ。
「少し食うくらいなら大丈夫だ。」よく聞く言葉である。確かにそうだろうと思う。しかし、気持ちはあまり良くはない。まして、ホットスポットのすぐ近くのキノコである。
2011年の事故から5年7ヶ月。
自然界の放射線はどれくらい減ったのだろうか。
自然から隔てられたような街の中では、あの地震も、あの原発事故も一部の人からは忘れ去られようとしている。だが、あの日を境いに変わってしまったものは、今だに変わったままに残されているものがたくさんある。これが本当に風化するのは、あるいは風化してよいのは、人の手による“核”が無くなり、新たなる放射能汚染の心配をする必要が無くなったときかもしれない。
榛名湖のヤマブシタケは、手の届かないただの“酸っぱいブドウ”ではない。
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