2016年1月
雪の下の別の世界


 1月中旬、久しぶりに雪が降った。
 例年になく暖かい日が続き、ここまで雑木林にはまったく雪がなかったのだが、この日を境いに風景は一変した。降り続いた雪は溶ける様子もなく積もり続け、庭にメジャーを突き立ててみれば42cmまで達していた。
 さらに、一日空けて再びの雪。今度は朝から夕方まで降り続け、さらに20cm以上の新しい雪が積もった。
 積もりたての頃はサラサラの軽い雪だったが、時間が経つと自らの重みで締まり、そして弱い陽射しながら太陽が顔を出すと少し溶け、日が沈むと凍って表面はさらに密度の高いザラメ雪へと姿を変えていった。それでも、降雪から1週間経っても、雑木林には膝上までの雪がたっぷりと残っている。これは間違いなく遅い根雪になるのだろう。
 こんな雪の林床となった雑木林で動くものは鳥くらいなものになった。雪面にはウサギやキツネらしい足跡が毎日毎日少しずつ増えていったけれど、夜行性の彼らの姿を見ることはまずない。雪の中にその他の生き物たちは閉じこめられてしまったかのようだ。

 そんな雪の下に息づくものたちを見てみようと思い立った。
 この秋に落葉した林床の落葉の下には腐葉土になりつつある枯葉、そしてさらにその下には土に帰ろうとしている腐葉土が層を作っている。植物が太陽のエネルギーを利用して作った有機物は、そこにいるいろいろな生物たちによって分解され、また無機物へと戻っていくのだ。
 落葉の中で越冬している昆虫たちを探すのは難しいかもしれないが、もっと小さな土壌生物ならば見つかるかもしれない。雪が積もる前の雑木林の落葉の下では、正体不明の小さな生物たちをいくつも見たことがある。
 スコップを手に取り、膝まである雪をかき分け雑木林の中へ入った。適当なところで、雪を掘ると落葉の林床が顔を出した。凍ってはいない。林の中の気温は氷点下になっているようだが、雪の下は雪が保温剤となっているのか、0℃よりも下がっていないようだ。その場で丹念に探せば何か見つかるのかもしれないが、それはあまり現実的な方法ではない。ほんの少しだけ腐葉土をビニールに入れて持ち帰ることにした。

 土壌中の生物たちを集めるにツルグレン装置というものがある。原理は簡単で、ふるいの上に土壌を置き、光や乾燥を嫌う土壌生物たちに対して上から照明をあてることで下へ追い込んでいくというものである。照明をあてられた土壌や腐葉土は表面から乾いていくので、中にいる土壌生物たちは下へ下へと逃げていくことになる。そして、やがて一番下まで逃げてきたものたちはふるいの目からこぼれ落ち、下に置かれた収集容器に収まるという仕組みだ。
 採ってきた腐葉土をザルの上に置き、それをプラスチック製のロート(漏斗)の上に載せた。腐葉土の一番下まできた土壌生物はザルから落ち、ロートを滑り落ちて、一カ所に集められるはずだ。ここにアルコールを入れた容器をおいておけば、回収することができる。ただツルグレン装置では上から照明をあてるのだが、少し横着をして、これを窓辺に置いて、照明の代わりに太陽を利用させてもらった。“簡易ツルグレン装置”は物さえあれば作成するのにに1分もかからなかった。

 

“簡易ツルグレン装置”
 翌日。まだ腐葉土は乾ききってはいないが、見ればアルコールの中には何やらいろいろなものが落ちている。これは大成功か?!
 肉眼で見ただけも生物らしいものがアルコールの中や表面に落ちているのがわかる。表面に浮いている1mmにも満たない小さな生物。底に沈んだ黒っぽい半球形のもの。小さなクモ。肌色をした長卵形のもの…。
さっそくスポイトで吸い上げ、プレパラートの上に載せて、安い玩具のような顕微鏡でのぞいてい見た。
 アルコールに浮いていた白い生物は、長細い体をして6本の脚を持ったものだった。翅はない。昆虫なのか、正体は不明。
 肌色に見えた長卵形のものは、楕円形の周辺にたくさんの脚?が生えているようにも見える。これも正体不明。
 黒い半球形のものは、顕微鏡でみればその半球状に覆われた下からいくつもの細い脚がのぞいている。これはおそらくダニ。8本の脚をつけている茶色いダニらしいダニもいる。
 アルコールの中に浮き沈みしているものたちを次々と顕微鏡のステージにあげて覗くたびに見たこともないようなものたちが姿を表してきた。一握りの腐葉土の中に、こんなにも変わったものたちが、こんなにもたくさんいるのか!
 正体不明の生物を見るのは楽しい。そして、それが所属さえ判らないようなものであるなら、その正体を見極めてみたいとも思う。
 いままでほとんど開いたこともなかった「日本産土壌動物検索図説」(青木淳一編・東海大学出版会)を眺めてみた。
 トビムシの仲間、カマアシムシの仲間、ササラダニの仲間、ケダニの仲間…。
 しばらくの間、プレパラートの上の生物たちと、検索図説を見比べていると、おぼろげながら正体が見えてきた。
知らなかった世界がだんだんと見えてくる。動くものもないような静寂の冬の雑木林だが、視点を変えればまったく違った世界が広がっているのだ。
 しかし、ちょっとのぞき込んだだけの観察者には雪の下に広がるミクロの別世界がどんな広がりを持っているのか、まだ想像すらできないでいる。




ダニの仲間

ダニの仲間

ダニの仲間


ダニの仲間


ダニの仲間


ササラダニの仲間




トビムシの仲間





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