2016年1月
下弦の月




海に漂うクラゲのような1月2日の昼間の下弦の月



 「宇宙船地球号」という言葉がよく使われるようになったのは20世紀後半のことだった。しかし、地球にいて、我々は自分達が乗っている地球が動いているということを感じることはあまりない。
 地球が自転しているという事実を知っていれば、太陽や星が東から昇って西へ沈むということから、地球が東へ向かって回転(自転)していると感じることはできる。
 また、地球が太陽のまわりを回っている(公転)しているということを知っていれば、同じ時刻の恒星の位置が毎日少しずつ西へずれていくということが公転の証拠だと理解することもできる。
 こうして、頭の中では地球は自転しながら太陽のまわりを公転しているということを理解するのだが、実感として日常生活の中で地球の動きを感じることはまずない。

 年明け、2016年1月2日は下弦の月だった。正確には1月2日の14:30(日本標準時)が下弦だったと国立天文台は教えてくれる。午前中の西の空には、青い海の中のクラゲのような白い半月の姿があった。
 半月になるときは月と地球と太陽が90°の角度で並ぶときである。地球が太陽のまわりを回る公転軌道面(=黄道面)は月が地球のまわりを回る軌道面と大体同じ平面上になるから、半月にあるときの月の位置は、地球の進行方向か、やって来た方向ということになる。図を描いてみればわかることだが、上弦の月のときには少し前に地球がいた位置、そして下弦の月の場所はこれから地球が進んでいく場所である。
 1月2日のその月のあった方向は、地球が進んでいく方向だった。
 地球が太陽のまわりをまわる平均速度は29.8km/秒。止まっているように思える地球だが、実は1秒間に約30kmを進んでしまうような猛スピードで宇宙空間を飛んでいる。地球と月の平均距離は約38万kmだから3時間半もすれば、クラゲのように浮かぶ下弦の月の位置へたどり着くことになる。
 切り裂く空気さえないけれど、地球が進んでいく方向が見えると、急に宇宙を漂う「宇宙船地球号」のイメージがわいてきた。

 地球と太陽の平均距離は約1億5千万km。それからすると公転軌道の長さ(円周)はおよそ9億4千万kmくらいになる。地球は約1年かけてこの距離を動き続け、元の場所に戻ってくる−。
 年の最初によくこんなことを思うのだけれど、実は「元の場所に戻る」というのは正確ではない。
 太陽も銀河系の中心に対して動いていることがわかっていて、その速度は220km/秒あるいは240km/秒とも計算されている。我々は猛スピードで動いている太陽のまわりをまわりながら、同時に銀河系のまわりをまわっていることになる。そして、その銀河系自体も、近傍の銀河に対しての相対速度で1000km/秒もの速度で動いているという話もある。(この数値は研究者によってまだばらつきが大きい)
 地球と太陽の相対的な位置は約1年たてば元に戻るけれど、この宇宙で動き続ける地球、太陽、銀河系のことを考えれば、過去にいた場所にもどることなど不可能なことだと気付かずにはいられない。
 時間の流れが逆に流れることがないのと同じように、「宇宙船地球号」の上にいる我々は昔いた場所へ帰ることもない。
 我々はどこから来て、どこへ行こうとしているのか −?
 地球の進む方向が下弦の月によって一瞬見えた気がしたが、相変わらず哲学的な問いの答えは闇の中にある。 





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