2015年9月
ヤマボウシは大賑わい




ヤマボウシにやってきたアケビコノハ - Adris tyrannus -
2015.9.19.  榛名山西麓

アケビコノハはカトカラではないが、その下翅と上翅の組み合わせはカトカラと同じようである。



 8月中旬から続いていた天候不順は9月になっても続いているようだった。8月半ばから9月にかけて青空の見えたことが何日あったことか。
 そんな天候でも雑木林の縁にあるヤマボウシは実り豊かで、緑色だった実はどんどんと成長しつつ赤さを増して、美味しそうな果実へと変化を遂げていった。世間のヤマボウシがどうだったかわからないが、少なくとも家の前のヤマボウシは豊作だった。もっとも、とても美味しそうに見えても、実際にはそれほど甘いわけでもなく、少し見かけ倒しではあるのだけれども。
 だが、野生の生物たちにとっては、ご馳走であることに間違いない。
 ヤマボウシの実が熟すころになると、あたりに発酵した独特な甘い香りが漂うようになる。そんな頃合いになると、その甘い匂いに引き寄せられるのか、どこからかたくさんの昆虫たちが集まってくる。
 ヒカゲチョウの仲間、ジャノメチョウの仲間、タテハチョウの仲間、といった蝶たち。たくさんの種類のハエやアブの仲間たち。ちょっと危険なアシナガバチやスズメバチの仲間も羽音を立てながらやってくる。カメムシは成虫も幼虫も。繊細な緑色の姿をしたクサカゲロウの姿もある。そして、そんな昆虫を獲物にしようとクモたちも集まってきている。ヤマボウシの実りの季節は、種類においても、個体数においても、“昆虫密度”がものすごく高くなっているのだった。

 ある日の夜、そのヤマボウシの木の様子を見に出てみた。
 ライトを片手に近づいて行くと、その光に数匹の蛾が飛び交っているのが浮かび上がった。照らされたから飛び立ったのか、飛んでいるところを照らしたのかはわからないけれど、たくさんの蛾がいるようだということはひと目でわかった。
 よく見れば、昼間探してもなかなか見つからないような大きな蛾たちが我が物顔で赤い実のまわりを占拠しているのだ。中でも注目すべきはヤガ科シタバガ亜科の仲間である。とくに属名に「Catocala」の名前を持つ一群は、一部の蛾マニア(?)からは「カトカラ」と呼ばれ、その他のたくさんいる蛾とは一線を画す存在として知られている。
 属名の「カトカラ」の意味するところは「美しい下」あるいは「下が美しい」といったところか。「カトカラ」の名前が示すとおり、この大きな蛾は下翅が赤や黄色や白の鮮やかな色彩で彩られている。だが、通常はこの鮮やかな下翅は、上翅に隠されていて見ることはできない。この下翅を隠している上翅は、鮮やかな下翅とは対照的に、とても地味な、木の幹にでも張り付いているときなどは保護色として威力を発揮するような色彩である。このため、ぱっと見ただけでは、地味な大きな蛾でしかないのだけれど、ひとたび上翅を広げると、下から鮮やかな下翅が姿を現し、それまでの地味な蛾の姿は大変身を遂げるのだ。このヤマボウシで確認できたカトカラの仲間は、ベニシタバ、オニベニシタバ、キシタバ、ジョナスキシダハ、シロシタバなどがある。カトカラ大集合である。
 蛾だけではない。
 クワガタの姿もあった。クワガタとしては小さな種類のスジクワガタが蛾と同じように赤い実に数匹しがみついている。
 カマキリの前脚のような鎌状の前脚を持ったウスバカゲロウの仲間のキカマキリモドキは葉の裏側で獲物を待っている。
 同じようにアマガエルも葉の裏に隠れて、虎視眈々と獲物を待っている。
 昼間見かけたクサカゲロウの仲間は、夜になってぐっと数を増していた。
 ヤマボウシの実を求めてやってくる者と、やってくる者を獲物にしようと待ちかまえている者…。果実の実ったヤマボウシで繰り広げられているのは、昼も夜も同じようなことだった。だが、その顔ぶれは、昼の世界と夜の世界ではまったくといっていいほど異なっている。昼が蝶やハチの世界であるならば、夜の主役は蛾だ。昼間のランチサービスの食堂が、夜になってバーに模様替えをしたというところか。
 この時期、雑木林の一角のヤマボウシは、昆虫たちにとっても、昆虫を狩ろうとする者たちにとっても、そして昆虫を見ようとする人間にとっても、たいへん魅力的な場所なのである。
 





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